そこに足を踏み入れるのは、聖域を荒らすようで忍びない――歌声に包まれた聖堂は、どこかセリノスの森のような神聖さ、不可侵さがあった。そしてはっきりと、ここには魔力が働いている―魔道に縁のないアイクでも、そのように感じ、一種緊張感のようなものを覚えてもいた。
「これが、リュシオンの言っていた歌か、なるほどな…」
自ずと漏れた言葉に驚きながら、それは、おそらく感情として頭の中で処理するよりも先に感じるものがあるからだと、そのようにアイクは解釈した。「確かに、何かに揺さぶられるという感じがする」
気分が静まり、心地よくなる――半日前、あれだけ凶暴な熱に侵されていたのがまるで嘘のように、今、アイクの思考は澄み切っていて、まるで内側から浄化されてゆくようだ。
してみると、その半日前に対峙していた昔馴染みの顔を見ても、血を欲する衝動など覚えるべくもない。背負った神剣ラグネルも、今はただ静かに眠っている。
「アイク団長…」真っ先に顔と声をあげたのはサザだ。アイクは馴染みの顔に、交戦の意思はないとばかりに首を横に振ると、彼もまたそれに頷きを返した。
「今は、戦う時ではない」
「ええ、わかっています。団長は剣を抜いてない…それに俺も、今は、そういう気持ちはありませんから」
サザの言葉を確かめて、アイクは少し自分の表情が緩んだ、と感じた。
それを見たサザの表情が驚愕に変わるもの、後ろのトパックに足元を小突かれて、小声で何やら怒鳴る。何故彼らが共にいるのか、それについてはアイクは考えるつもりはなかった。彼らは年頃も近くて仲がよかった、それだけのことだ。
「不思議だな。あれ程酷かった耳鳴りも、頭痛も、何もかもが、ここではまるで嘘のようだ。…俺の中にあったどうにもならない衝動も…初めからそんなものは、なかったかのようだ」
独白のようなものだった。それでも、言わねばならぬことだった。言い訳だとしても、今ここで言っておかねばならないと、そういう気になっていた。元々彼らとは話をしたかったのだ。出来れば、剣を交えたあの少年と言葉を交わしたいと思ったが、彼はここにはいなかった。
「俺は、団長と戦いたいと思ったことはありません。けど、ミカヤを守るためなら、…仕方なかった」
「わかっている。それが、お前の選んだ道だ。それに、こうして言葉を交わしたところで、互いがしてきたこと全てが帳消しになるわけではない。それは、背負わねばならないことだ」
「…はい…」
「だが、それはこの状況を乗り切ってからだな。一体どういうことなのか…何が起きるのか。俺たちは、それを確かめなければならん」
サザは黙って、真っ直ぐにこちらを見たまま頷いた。
三年前、船に潜り込んで来た、素性も知れぬ少年は、今こうして背負うべきものを背負い、アイクの前に立っている。それは何やら感慨深くて、アイクの緊張をわずかにほぐしてくれるようだった。