「なあ」
うるさい。口に出すまでもなく、レオナルドは不機嫌だった。原因はハッキリしている。曲がりなりにも自分が所属するデイン王国軍が、これからまさに国家の命運を賭けた最後の決戦に臨むからだった。レオナルドは戦いが好きではなかった。そもそも、戦争が好きな人間なんていない。レオナルドはそう思っている。そうだ、少なくとも自分の周囲に戦いを好むような人種はいない。
不機嫌さを隠しもせず友人を無視していたレオナルドの視界に、ぴょこん、と茶褐色の癖毛が強引に割り込んでくる。
「レオナルド、お前さぁ」
「うるさいよ、少し黙って」
エディはいつでもこうだ。こちらが集中したいとき、一人でいたいとき、静かにしていたいとき、決まって目の前に現れる。どうしてそうなのかは理解したくもないし、その事についてエディに問いただしたところで無駄なのは既に何度も繰り返し問うているから分かっている。レオナルドがやめろと言ったところでやめる性格でもない。
「レオナルド、レオ」
「…君はさ、やっぱりどうにもならないくらい馬鹿だと思うよ」
エディが今、レオナルドに一番言いたい事が何であるか。昨晩から繰り返し聞かされていたことだ。ミカヤやノイスもレオナルドと同様に何度も繰り返しその事を一方的に聞かされていたらしく、いささかうんざり顔だった。だからせめてと、無駄な抗議であると知りつつもレオナルドは溜息をついて落胆の色を見せるのだ。
「馬鹿でも何でもいいけどさ」
「君の頭の中じゃあ、僕が君のサポートをするのも、ノイスが背中を守ってくれて、サザが死角を守ってくれるのも、当たり前なんだから。傷を負えばミカヤたちが治してくれる」
「何言ってんだ。そりゃ当たり前だ、俺たち、今までそうして生きてきてるんだ。生き延びてるんだ」
ああ、だから君はいつだって僕の平常心を乱すんだ。なんでそんな風に信じられるんだ。どうして思い込めるんだ。
レオナルドはそこで初めて、エディの顔を見る。
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「何でも、当然みたいに思ってる。僕はね、君のそういうところがすごく腹立たしい」
エディは、レオナルドの予想通りその反応を、レオナルドの視線を当然のごとく受け止めている。
「相手はグレイル傭兵団だよ」
「ああ」
「あの、アイクとかいう将がいる」
「そうだな」
「ベグニオンの神剣ラグネルを振るう、そういう話、君も聞いただろう」
「お前にもらった剣があるし、ペレアス王に特別に貰った剣もある。負けるわけないだろ」
腰に左右に佩いている剣は形状も何もかもが違う。けれど刀身の長さだけは、まるであつらえたように同じだった。そのことに目をつけたエディは、この二本の剣を同時に振るうことを思いつき日夜訓練をしていることを、レオナルドは知っている。戦いのあった日でも、それを欠かしたことがないことも。いわく、どちらの剣も驚くほど軽くて何度振っても疲れないし、どれくらい無茶な動きをしてもついてくるのだという。
「この剣は特別だ。それにお前の弓だって、ノイスの斧だって、特別だ」
言い切るエディは知っているのだろうか、とレオナルドはふと思う。
今自分たちが手にしている武具が、ただ王家の宝物庫に眠っていただけの代物ではないことを。
見るものが見ればわかるが、明らかに魔道的処置をされている。だから、見た目に反して非常に扱いやすく、遣い手に非常に馴染むのだ。この馴染み方は、まるで最初から遣い手の手や癖を熟知した武器職人が作ったようだと思う。
確かにデイン人は武器製造に関しては大陸でも抜きん出ている職人が多く、加工技術も随一だ。それはベグニオン帝国による圧政にあっても潰えることはなかったが、それにしても半年程でこれほどの武器をレオナルドたちの為に作り、揃えられるわけがない。魔道の中に、武具に特殊な効果を施すものがある、ということは知識としてレオナルドの中に在った。
だから、レオナルドは思うのだ。恐らくだが、これは、王が僕たちのためにあつらえてくれたものなんだ。そういうことをする人だっていう話は、タウロニオ将軍から聞いている。エディは不思議とそういう「事情」を漠然と感じ取り、大切に出来る少年だった。そういうエディが、僕は、うらやましいよ。
口には出来なかった。レオナルドはいつでも、エディに対して最後の最後で本心を言葉に出来ないでいた。率直に自分自身の事や思いを語る親友の前では、 どうしても臆してしまう。それは、エディという人物性に問題があるとか、レオナルドがエディを信頼していないからではない。いつでも真っ直ぐで、明るくて、迷わないエディ。そんな彼と一緒にいると自分までそんな人間なのだと錯覚をする。けれど現実はそうではない。自分は所詮自分だ。エディとは違いすぎる。
傲慢で、無鉄砲で、怖いもの知らずのエディとは違う。だから、怖くてたまらない。
相手は、あのグレイル傭兵団のアイク。身の丈程の剣を軽々と振るうクリミアの英雄、デインを二度にわたり危機に陥れた侵略者。考えなしに向かって勝てる相手ではない。だから、タウロニオ将軍やペレアス王はここを戦場に選んだ。ノクス、この場所じゃなきゃ、僕たちは勝てないんだ。
エディよりも軍部の情報に詳しい位置にいるレオナルドは、ある程度のことを把握している。ノクスはデイン王国でもパルメニーと並ぶ聖地であるとか、地理的にも守るに易く攻めるに難い自然の要害であるとか、この戦場のあらゆる要素がデイン軍にとって有利に働くことも。
「どう見ても、特別だよ。君にだってわかるくらいにさ。でもだからって、勝てるって決まったわけじゃないのに」
「勝てる。決まってる」
「わからないだろ、そんなの」
「俺はわかる。旨いメシだって久しぶりに食べて、ミカヤは元気になってる。負けるわけがない」
エディの言う根拠など、レオナルドにとってはまったく根拠にはならない。確かに昨日出された夕飯は信じられないくらいに豪勢だった――とはいえ砦に集っ た兵皆に配られたものだから、たかが知れているが、それでも久しぶりの暖かくて味のあるスープとたっぷりのチーズを塗ったパンに羊肉、濃厚な葡萄酒(希望したものには火酒が配られた)は一様に兵たちの士気をあげていた。特に羊肉などはノクス近辺でしか食べることが出来ない贅沢品なのだ。普段はあまり肉を食 べたがらないローラですら、おっかなびっくり口にして「おいしいです」とブラッドの分まで食べそうになっていたことを思い出して、レオナルドはひとり小さく笑ってしまう。けれど、それとこれとは別だ。むしろレオナルドとしてはその食事が不安材料だった。最後の戦い、そういう意味を持つ戦であることはよくわかっている。後がない、そういう言い方だって出来るじゃないか。
「レオ、お前は色々たくさん考えすぎるんだ。俺は一度にたくさん考えないから、迷わないぞ」
「さぁ、坊主たち。お喋りの時間は終わりだ、わかるな?続きは終わってからにしろ」
急に背後から抱え込まれ、エディとレオナルドは同時に見上げた。
「なんだよノイス」
「知ってると思うが、この戦、王が出陣なさる」
王の出陣には必要な儀式があり、時間も要する。その手間を省いては何の意味もない。
エディは黙り込み、レオナルドは息を呑んだ。
「知ってるよ。だから俺たち頑張るんだ」
「ああ、そうだな。それでだ、頑張るのはいいが、俺はあっちの連中を助けなきゃならん、だから、わかるな」
ノイスが別働隊に配置される今回の作戦のことをレオナルドは聞いて知っている。エディも凡そを聞いていたはずなのだが、きょとんとした顔でノイスを眺めていた。ああ、やっぱり忘れてる。レオナルドは内心でため息をつきつつ毒づいた。
「特にエディ、お前はな」軽くエディを小突きながら言うノイスの表情は、珍しく硬い。「レオナルドや王は、お前に死んで欲しくて武器を渡したんじゃあない」
「そんなの、わかってら。俺が死ぬわけないだろ」
ふくれっ面で、まるで子供めいた調子で返すと、エディはノイスの腕の拘束からするりと逃れ腰に手をあてて交互に二人を睨んでみせた。
「ノイスもわかってないなぁ。俺は、戦わなくてすむようになるために戦うんだ」
何を馬鹿なことを言っているんだ。そう言わんばかりの表情でエディは言うと、一人で何度も頷く。
「戦わなくて済むようになるまで、俺が死ぬわけないじゃないか」
言うエディは、やはり当たり前のことを言ったのだ、といわんばかりに二人に向かって鼻を鳴らした。