フォドラの夜明けだ、とクロードが言った。彼が告げるように、周囲は少しずつ紫色から薄く朱色へと変化してゆく――本当に、長い戦いの夜が明けたのだ。
ほんとうに、長い戦いだったのだ。それでもその場にいた全員が、満身創痍ながらもクロードと同じ方向を見て微笑んでいた。その光景を忘れることは、生涯できっとないであろう、と誰しもが思っていた。
故郷ガスパールの土を踏むのは幾年ぶりだろうか。目抜き通りは屋台や商人、旅人たちでごった返しており、本当に戦争が終わったのだとアッシュは今更のように感じた。そして、このガスパールの繁栄ぶりは自分の手腕がしてではないことも、わかっていた。
士官学校時代から文のやりとりをしていた弟や妹たち、それにロナート卿時代からの執事や政務官らが努力した結果、大陸全土を巻き込んだ戦の中でもこのガスパールの地をなんとか守り続けてくれているからこそ、今の市民たちの笑顔があるのだ、とアッシュは思う。だから、この手にしている剣はあくまでも飾りだという事も理解していた。ガスパールはロナート卿の死後空白地帯となっており、王国が併合されてからは前述の通りアッシュの家族やロナート卿時代の文官、武官たちでなんとか治めていたのだ。そこに、一度は祖国を裏切ったアッシュが領主の座に、というのは甚だ都合の良い話ではある。無論、嫌な顔をされることはないだろうが、五年以上の戦火の中を市民たちが生き延びてきたのは、アッシュがいたからではない。
沿道を歩けば、そして領主の館をアッシュが訪れれば、案の定歓迎された。新しい領主が来たと同時に懐かしい家族の帰還なのだ。その日は盛大に宴が開かた。
それでもアッシュは故郷で新しく栽培を始めたという葡萄酒で酔うことは出来なかった。多くの懸念がその胸中にあったからだ。彼らは――アッシュを知る人々は、きっとアッシュを歓迎するだろう。けれど、そうでない人たちにしてみればアッシュは裏切り者なのだ。だから、というわけではないのだが、大司教ベレスにもこれは仮の措置にしてくれと頼んでいた。情勢が安定し、ある程度の土台を作れたのならばアッシュは家督を弟に譲るつもりでいた――それほどに、弟もまた兄に似て勤勉で、良く学んでいたのだ。それも、アッシュよりも幼い年齢で、あの戦争の中をだ。
だから、そのことを弟たちに告げれば最初は驚かれ、反対もされた。兄さんは戦争の英雄なのだから心配はいらない、領内のことならば補佐できるし、皆も徐々にわかってくれると。だが、弟たちの説得にアッシュは首を縦に振ることはなかった。この場にいるべきなのは、彼らだ。ロナート卿が生きていたのならばまた違っていたかもしれないが――それは最早、詮無き事であった。
そしてそうしたことすべてが、実を言えば言い訳だった。
本来の夢を棄ててまでも、アッシュには行きたい場所があったのだ。それが認められることはないかもしれない。けれど、それでも、ならば、認めさせよう。どれほどに時間がかかろうと、認めさせてみせるとまでアッシュは決意していた。
そのためにアッシュは情報を集めた。正直、領内の統治をしながら他の領地の事情を調べることは生半な苦労ではなかったし、ましてアッシュには殆ど知識のない他部族のことでもあれば、頼れるものは全て頼るつもりでいたし、実際に頼らざるを得なかった。
そしてアッシュは頻繁にゴーティエ領で今や領地を継いだシルヴァンと書簡のやりとりをしていた。内容は主に北方スレンについてのことで、フォドラ内の資料だけでは理解しきれないことも、彼らと相対し続けているゴーティエ辺境伯の知見であれば頼ることもできた――実際、何故スレンとゴーティエ領が――フォドラが繰り返し紛争を起こしているか、その原因についてもアッシュが知ることも出来た。北方スレンはゴーティエより更に寒冷地であり、そもそも耕作地帯ではなく植生に乏しい――だからこそ、食料や生活、そういったもののためにスレンは度々彼らにしてみれば豊かに見えるフォドラに攻め入ってくるのだと。そういうことならば、自分も役に立てるのではないかとアッシュは考えていた。正直な話、戦力としての自分は遺産を持っているシルヴァンや精強なゴーティエ騎士団に比べれば劣ってしまうだろう、弓兵ということもあれば役割は違うだろうが、それでも自分一人が部隊を率いてかの地を訪れたところで劇的に事態が変化することはない、という自覚もあった。それこそ遺産でも持っていれば別なのだが。だが、それ以外のことならば、場合によっては役に立てるかもしれない。そう強く思うには――アッシュがゴーティエとスレンの関係に神経を割くには、理由があった。
シルヴァンとは、先の戦争の中で親しくなり、彼から直接好きだと告げられたことがあった。当時はその言葉を信じられず、ただ流されるだけだったが、長い戦いを潜り抜けてゆく中で彼が本気であることを否が応でも理解させられていた。彼は何時だって本気でアッシュに対していたし、その言葉も真剣で、とてもではないが浮名を轟かせていたゴーティエの御曹司の面影などは何処にもなかったのだ。だからだろうか、アッシュもまたいつしかシルヴァンに並々ならぬ想いを寄せるようになっていた。ただしそれは戦時中だけのこと、だと割り切っていたのだが、戦争が終わり時を経ても、不思議と胸の内に燻る想いは色褪せてはくれなかったのだ。
だから、スレンに関して子細な情報は何でもいいから寄越してくれと願い、また暇を見てはガルグ=マクの図書館に通い情報を集めた。彼らがどんな生活をしているのか、どんな言葉を使うのか、どんな気性でどんな文化なのかをアッシュは必死に学んだ。彼らが必要としているものを知りたかった。それは、シルヴァンが目指すと告げたスレンとの和解のため、自分が役立てると示したいがためだった。長年争いをしてきた者同士が和睦を目指すのは決して易しいことではないだろう。だが、シルヴァンはそれを新しい時代の始まりとして示そうとしている。だから、せめて、遠くからでも彼を助けたい。そして、早くこの地を落ち着かせて、彼の傍に行きたい。
そんな日々を願いながら、二年という月日が流れていたのだった。
「そういえば兄さん、どうしてガスパールで葡萄酒が出来るようになったのかってこないだ聞いてきたよね」
徐に話を切り出した弟は、どこか不思議そうな顔をしていた。それはそうだろう、土いじりの話など、アッシュはガスパールに戻るまでは特にしてはこなかったからだ。
「うん、どういう風にこの土地で葡萄の栽培を巧くやれるようになったのか、気になって。確かにガスパールは帝国よりで旧ファーガスでも温暖な土地だけど、葡萄が育つような土地じゃなかったはずだから」
アッシュの言葉に、弟はにこにこと笑いながら執務室の一角にある書棚から一冊の本を取り出してアッシュに差し出した。表題を見て見れば、要するに土壌改良について記されているようだ。ざっと中身を目で追えば、土に混ぜた肥料、土の熟成のさせ方、耕し方や果実の栽培に適した土の作り方などが事細かに手書きで記されている。文字は見慣れた弟のものだった。
「土を、変えたの?あの戦時中に、何年もかけて?」
「兄さん、僕たちは戦争だけをしていたわけじゃないんだよ。同盟軍がガスパールを戦火に巻き込まないようにしてくれたのもかなり大きかったけど。こうやって土を弄る時間は十分にあったんだ。土は肥料によって変われるんだよ。そうすれば、どれだけ瘦せた土地でも耕せるようになるし、栽培できる野菜や果物も増えるんだ。勿論元々の地質や気候にもよるし、簡単な話じゃあないけど」
言いながら弟はガスパール産と記されたラベルのワインの瓶をそっと置く。ガスパールの新しい名産品は非常に好評で、旧帝国の貴族たちからも評判がよいのだと、妹が嬉しそうに醸造所で汗を拭きながら語っていたことを、アッシュは思い出した。領主の家族が手ずから葡萄を収穫、加工し、醸造して葡萄酒にしているなど、他の領主が聞いたら笑ってしまうのかもしれないが、酒場生まれのアッシュの家族は何時でも何かをしていなければ気が済まない気性だ。妹は主に政務のことは弟に任せて、領民たちと交わり共に作業をしていることが多いらしい。
「それなら……スレンでも、もう少しマシな小麦の栽培できるようになるのかな」
アッシュのぽつりと落とされた言葉に、弟がやはり不思議そうに首を傾げて応える。
「兄さん、ほんと最近スレンに拘ってるけど、ゴーティエ辺境伯と何か関係がある?」
こんなふうに突然物事の核心をついてくるのは、一家の気性なのだろう――我が家族ながら、自覚のあるアッシュは苦笑して弟に応じるように頷く。
「戦争中にちょっとね、ゴーティエ辺境伯にはお世話になってたし、力になりたいと思って。この土地の事はお前たちに任せる話はしたよね。そうしたら僕はゴーティエに行くつもりなんだ」
アッシュの答えに弟は唖然とした。
「そこまでの話、聞いてないけど」
「今、初めて話したから」
「……そういうところだよ、兄さん。一番大事なことなのに……」
責めるような弟の頭をくしゃりと混ぜて誤魔化しながら、アッシュは再び考える。北方のスレンの環境で育てられるような作物があるだろうか。ゴーティエで育つものならば大丈夫だろうか。だが、土壌が同じだとは限らないし気候も違う。
「ああもう、ほんと、昔から兄さんはそうなんだから。なんでも突然だし、相談もないし……。スレンのことはよくはわからないけど、ゴーティエで育つような作物なら大丈夫なんじゃないかな。多分その辺は兄さんの方が詳しいでしょ」
最後は皮肉のようにやりかえしながらアッシュの手を退ける弟の表情は苦々しかったが、どこか仕方がないという風だった――見慣れた家族のその顔に、アッシュは苦笑を返しながら再び思考に没頭するのだった。
あの日からどれ程の年月が経っただろうか。アッシュに告白して、自分よりもずっと小さな体を抱き寄せて、口づけをしたことを今でも鮮明に覚えている。星辰の節、ガルグ=マクでの落成記念日の夜――アッシュを呼び出して、抱きしめて、口づけをした。ぽかんとあけられた幼い唇の柔らかな感触も、大きく見開かれた若草色の瞳の色も、浮き出た雀斑がほんのりと上気していたことも、何度だって頭の中で再現できる。シルヴァンの頭の中には、いつでもあのとき姿があった。戦時中行動を共にできなかった時も、帝国軍の将として姿を現したときも、それから共に戦うようになった時も、いつでもアッシュの事を考えていたように思う――そう言ってしまうと笑われるだろうか、はたまた怒られてしまうのだろうか。今はレア後を継ぎ大司教となったベレスならばきっと笑い飛ばしてくれるだろう。
シルヴァンにしてみれば、アッシュは稀有な存在だった。
離し難く、常に傍らに置きたいと思えるほどに強く想いを抱く相手だった。あの真っ直ぐな瞳に見つめられたかった。少しばかり低い位置から、軽口とも悪態ともわからないような事を日常的に言ってほしかった。有体に言ってしまえば、人生の伴侶として迎え入れたかったのだ――だが、それは決して簡単なことではなかった。フォドラで同性愛は決して珍しいものではなかったが、混迷の時代の中これから国を作ってゆくという段階で、まして旧王国領はゴーティエの御曹司の相手となれば、女性である必要があった。それでも、シルヴァンはアッシュを諦められるとは思っていなかった。戦時中に何度か触れた肌も、その時に見せてくれた顔も、決して忘れてはいない。
忘れられないからこそ、この二年間は辛かった。だが、その二年もこれからのことを考えればどうということはない――アッシュが文にしたためてきた文章を読み、ぐっと背筋を伸ばすように背もたれに寄りかかり、シルヴァンはため息を吐いた。
文にはようやく弟に家督を譲ることにしたということと、ゴーティエに向かうということのみが記され、傍らに少しだけシルヴァンを気遣うような文字がしたためられていた。だが、それだけで十分だった――否、もっと本音を言えば、シルヴァンはアッシュを人生の伴侶として傍に置きたかった。だがまだその時ではないのだ。長い時も、やがて来る夜明けを想えばこそ我慢できると、そう自らに何度も言い聞かせてきた。アッシュがゴーティエに来るという事は、その第一歩だ。これからは共に居られる――無論、辺境伯とそうではない存在がただ共に居ることができるわけもないが、アッシュの話は既に両親にもしてあった。スレンとの交渉に協力してくれる強力な助っ人で、戦争時も非常に世話になっていたということ。そしてベレス直々にゴーティエ騎士団に任命されてやってくること――これは異例の采配だが、アッシュの出身地ガスパールの事情とアッシュが一度帝国側についたこと、そして戦時中の功労からベレスの独断で決められたことで、そのことをガルグ=マクに呼び出されベレスに告げられた時は流石のシルヴァンも呆れてしまったほどだ――あの時のベレスの笑顔は、生涯忘れないだろう。彼女には、何もかもお見通しだったというわけだ。
そしてそれだけではなく、人の悪い元教師は悪戯好きのような顔をしてシルヴァンにひとつの提案をした。その提案に乗ったシルヴァンの手の中には、指輪がある。ゴーティエの家訓を刻んだ翡翠を嵌めこんだ銀の指輪だ。指輪をぐっと握りしめて、シルヴァンはもう一度文に目を通す。愛しいひとからの簡略な文字は、何度見ても飽きるものではなく、その行間に込められているものを読み取るように、シルヴァンは何度も繰り返し短い文を読んでいた。
「アッシュ、お前、ゴーティエでの農業の知識はあるか?」
漸くゴーティエ領を訪れたアッシュに出し抜けに問うてきたシルヴァンの表情は少々硬かった。
アッシュは正直に曖昧に応じる。ある程度——故郷ガスパールでの作物の育て方などは、ロナート卿に教わって知っていたし、弟からも教授されている。だが、シルヴァンの問うているのはそうではない。ゴーティエの土地柄のことは少々——それこそファーガスの中でも寒冷な土地であり少数の植物しか育ちにくいということだ。それこそ小麦など帝国領はおろか同盟領にだって収穫量は劣るし、味も落ちる。それでもゴーティエはスレンよりはマシなのだという。スレンの土地とはそれ程に痩せているらしい。ただし代わりに海に面しているために魚は豊富で漁業は盛んらしいという話はちらりと聞いていた。そこまでを思い出してアッシュは成程と思う。弟から教わっていた土の改良技術を用いれば、或いはスレンの瘦せた土地を少しは豊かにできるかもしれない。その代わりにスレンの交易が行えるような話へと進むならば一石二鳥だ。
「なら、少し時間をかけて勉強するといい。幸い俺もちょうどそっち方面の技術の研究に力を入れてたんだ。そして覚えた暁には、一緒にスレンに行ってもらうぜ。スレンのやつらとの交渉に、こっちの技術や物資を伝えようと思ってな。話し合い、するって言ってただろ。何事にも手土産は必要だ。それが武力でないなら、なおさらだ。将来的には交易ができるようにしたいんだ、俺は」
そうすりゃあ少しは旧ファーガスの食糧事情も改善されるだろ、和睦もまだだってのに少々贅沢な夢だがな、とシルヴァンは笑う。やはりアッシュが思った通りのことをシルヴァンは望んでいる。だが農業とひとことでいっても、そう簡単ではない、土の作り方から種の植え方、育て方、何よりその生育状況を見守る必要がある。シルヴァンは家督を継いだばかりでゴーティエを動けない。その為の自分なのだ、とアッシュは悟った。それに、シルヴァンの言葉は和睦を目指すには決して避けては通れない道だ――無論、当事者同士の話し合いも必要にはなるが、国と国との交流なのだ。
「全然贅沢じゃあありませんよ。それに、僕がここである程度技術を学んだうえで、スレンに滞在して彼らに技術を学ばせればいいんですね。代わりに彼らからも対価も頂く、っていう形で」
「まあ、そういうことだな。お前が不在の間は、俺はあいつらと和平交渉に持っていけるよう全力を尽くす。折角一緒に居られるってのに、またお前と離れるのは正直身を引き裂かれるくらい辛いんだけどな……」
「君は何時だって大げさですよ。何も、彼らは人を食うような存在じゃありません」
「……それはそうなんだが……ヤツら、気性は荒いからな」
シルヴァンの懸念はもっともだ。スレンの事を学ぶ度にアッシュも感じてはいたが、フォドラの書物はとかく外国のことは誇張して記す傾向が強い。だから、結局のところは現地に行ってみなければわからないのだ。彼らと長年敵対してきたシルヴァンにしてみればもっともな懸念なのだろうが、アッシュからすればスレンの人間というのは文化を部分的にしか知らない外国人のようなものだ。それは例えばかつての友人ドゥドゥーがダスカー人だということを気にかけないことと同様の、ただの、単純な話だった。
「それこそ、僕をなんだと思っているんですか、元々は酒場の息子ですよ」
「ああ、そうだった」
シルヴァンは苦笑してアッシュの灰色の頭をくしゃりと混ぜて抱き寄せた。他人がいないことをよいことに、と思いつつもその温もりが、久しぶりで心地よいと感じアッシュも身を委ねる。
「それに、彼らは狩猟民族ですし、漁業やその保存技術にも秀でているらしいですから、僕も学べることが沢山ありそうです」
「ああ、そうだな。そういう交渉をしてほしいから、俺はお前を選んだんだ。お前じゃなきゃダメだと思ったんだよ」
もちろん初日は俺も一緒にいくからな。そう付け加えて、シルヴァンはアッシュの額に口づけを落とした。まるで恋人のようなやりとりが久しぶりでアッシュはぎこちなく笑うが、それが面白かったのか、シルヴァンは繰り返し、アッシュに口づけを落とすのだった。
その晩はアッシュの歓迎会となり、それこそ豪勢な料理と高級な酒が振舞われた。あまりの大盤振る舞いに恐縮するアッシュだったが、前ゴーティエ伯——シルヴァンの父がこれくらいのもてなしは当然だと豪語し、今日はシェフに腕によりをかけさせたとまで言ったので、アッシュも素直に料理に舌鼓をうつことにした。何よりシルヴァンの家族に自分が認められている、ということが嬉しかったのかもしれない。それは二年という月日の書簡のやりとりもあろうし、シルヴァンや大司教ベレスの口添えもあったのだろう――そうでなければ、直接のやりとりのなかったシルヴァンの父親がここまでアッシュを評価してくれる理由がわからない。食事中もシルヴァンの父はアッシュの人となりを褒めたたえるような言葉を告げてきて、アッシュはどう答えてよいのかもわからずにただただ頷くことしか出来なかった。その殆どは確かに事実ではあったが、昔一度は帝国軍についたという後ろめたさやあまりにも大げさな言い分が、まるで誇張されているようで居心地が悪かったのだ。だが、シルヴァンの父は余程アッシュに期待しているのだろう、ガスパール領での二年間の話まで事細かに持ち出されてしまえば、アッシュはその弁舌に降参する他になかったのだった。
「ごめんな。お前の話をしたらさ、親父がいたくお前のことを気に入っちまったみたいで……、ちょっとしんどかったろ。機嫌がいい時の親父の話は長いからなあ」
食事をし、湯浴みをしてからシルヴァンの寝室に招かれて、今二人は卓を囲むようにして少々のつまみとともに葡萄酒を傾けていた。
「そうですね、正直言えばびっくりしました。君の御父上がどうして僕のことなんか……って」
「けど、俺たちから見たらガスパール領の復興の仕方は尋常じゃなかった。親父に評価だって、別に大げさなわけじゃない。イングリットのやつなんか、食糧事情の話を直接聞きに行きたいだなんてボヤいてたんだぜ。その暇がなかっただけで、本当なら飛んででも行きたかったんだろうなあ」
あいつは食べ物のこととなると目がないからな。冗談のように続けるシルヴァンの機嫌は良さそうだった。それはそうだろう、漸くの再会なのだ。ほんのりと上気した頬は酔いもあるのだろうが、彼が本当に酔っているわけではないことくらいは長い付き合いでわかっていた。ただ、雰囲気を楽しんでいるのだ。本当に機嫌のよい時のシルヴァンはよくこういうことをする。何より、アッシュとの久しぶりの会話を楽しみたいのだろう。
「お前が来るのを楽しみにしてたのはさ、本当なんだ。親父もお袋も、皆楽しみにしてた、けど、一番楽しみにしてたのは俺だ。ずっと……寂しかったんだ」
急に声色を落としてシルヴァンは葡萄酒が三分の一程残ったグラスを置いた。そして立ち上がりアッシュの背後に回ると、長く逞しい腕をそっと回してくる。香しい香りはシルヴァンがいつも身に着けている香水のものか、葡萄酒のそれなのだろうか。
「なあ、この葡萄酒さ、ガスパールで最初の年に作られたやつなんだ。誰が買ったと思う?俺じゃなく親父なんだよ。それが悔しくてさ……ガキっぽいかもしれないけど、お前の功績を最初に見つけたのか俺じゃなく親父なんだ、って思ったら」
胸元で交差された腕に力が籠って、後頭部にあたたかな感触が触れる。アッシュは自らを抱く腕にそっと手で触れてから、シルヴァンの肩口に口づけをした。
「まったく、子供じゃないんですから。でも……嬉しいです。本当は、僕じゃなくて弟たちの功績なんですけどね」
「それならまだ少しは気が晴れるかな。お前の事、誰よりも最初に知りたいから」
言いながらシルヴァンはアッシュの唇に己のそれを重ねて、後頭部に手を添えて口づけをより深くしてきた。重ねられた唇からはやがて水音が漏れ、両者の浅い息が交わる。熱い舌が絡まって、互いにまるで貪るように追い求める。まるで、二年という月日を取り戻すかのように二人は唇を重ね、舌を絡めて熱を貪った。
「ん……」
唇を先に離したのは、アッシュの方だった。息が上がりそうになり、鼻で呼吸をしている。
「久しぶりなんですから、少しは手加減してください」
詰るように告げるが、シルヴァンは慈しむような笑みと共にアッシュの手を取ると寝台へと導き、痩身を押し倒した。
「シルヴァン……まだ、話を」
「話より、俺はお前に触りたい。触れたいんだ。ずっと、ずっと、我慢してた。お前の顔を見た瞬間から、本当はずっとこうしたかった。手紙だけじゃ足りない。声が聞きたかった。でも、お前の声を聞いたらもっと我慢が出来なくなった。お前を離したくない。本当は、離したくなんてないんだ」
切羽詰まったような言葉の奔流に、アッシュは一瞬呆然としてしまう。それ程にシルヴァンの声は切実で、そしてどこか思い詰めたようなものを感じさせた。
「アッシュ。離したくない、離れたくない。本当は俺の傍にいて欲しい。本当は……ずっと、俺の傍に」
早口でまくし立てるように言うシルヴァンの唇にアッシュの中指と人差し指が添えられる。言葉を遮られたシルヴァンは不服そうに口を動かそうとするが、今度はアッシュがシルヴァンの両頬をてのひらで包み込み深く、口づけを始めた。アッシュの意志を感じ取ったようにシルヴァンもまた舌を絡め、口裏を舐りながら痩身から衣服を脱がせてゆく。そして露わになった白い肌に、まるで産毛のような口づけを何度も落とした。
「アッシュ、アッシュ、アッシュ……俺の、アッシュ。ああ。ほんとうに、ここにいるんだな」
「シルヴァン……」
そのまま首筋から鎖骨にかけてゆったりとシルヴァンに舐られて、アッシュは小さな声を上げる。久しぶりの行為に身体は極度に敏感になっているようで、外気に晒されたつつましい乳首が既に立ち上がり存在を主張していた。目ざとくそれを見つけたシルヴァンは片方は片手で、もう片方は唇で愛撫をしだす。
「んっ、ちょっと、まってくださ……!」
「待てない」
乳首を舐りながら答えられて、アッシュは反射的に腰をびくりと動かしてしまう。二年ぶりの行為だというのに、昔のことが思い出されて、それだけでアッシュは快楽に飲み込まれてしまいそうになる。
「や、ぁ……そこ、ばっか……り……」
酩酊するように薫るシルヴァンの香水と体臭、貪るような唇の動きとひっきりなしに乳首を刺激してくる指先の器用な動きに自ら聞いたこともないような甘ったるい声をついつい上げてしまっていた。気づけば腰を能動的に動かしていて、下腹部の熱は膨れ上がっている。何よりも数年ぶりだというのに感じている快楽は胎内に蠢いていて、早く早くと熱をせがんでいた。浅ましいと思いつつも、アッシュが自ら後孔に手を伸ばそうとすると、シルヴァンのそれに止められた。
「俺にさせてくれよ……な?」
蕩けるような甘い声で言われて、アッシュはぼうっとなりながらこくりと頷いてしまう。シルヴァンは急くように立ち上がると香油の瓶を取り出してきて、アッシュの後孔にとろりとそれを垂れ流した。
「ぁ……」
その温度の刺激だけでアッシュは快楽を覚えてしまい、甘い声を上げてしまった。それに気づいたのか気づかないのか、シルヴァンは自らの指に香油を塗りたくり、アッシュの後孔に指を一本、二本と入れて行く。二年以上行為をしていなかったそこは狭くきつくて、最初こそシルヴァンの指を拒絶するように収縮していたが、やがてゆるゆると胎内にゆっくり指を収めて行けばアッシュは荒い吐息と共に白い肢体を上気させて腰をゆらりと動かしていた。
「アッシュ……気持ちいいか……?」
「や、あ……なんだか、久しぶりで……変な……あっ!」
こり、と感覚が違う場所をシルヴァンが見つけ出して指の腹で刺激されると、アッシュの嬌声がより艶めいたものになる。
「あっ、あっ、そこ……ッ!」
「アッシュ、ここがイイんだよな……」
精一杯愛でるように口づけをアッシュの顔じゅうに落としながらシルヴァンはゆるりと笑う。一方のアッシュは久方ぶりの快楽に翻弄されてしまい、シルヴァンの首にぎゅうっと必死にしがみついて快楽から逃れようとしていた。その様子がまたいとおしくて、シルヴァンはアッシュの後頭部を柔らかくなでながら口づけをする。
「きも……ち……い……です……も……ッ」
「もっと?それとも、こっちがいい?」
柔らかく耳元で囁きながら、シルヴァンは立派に屹立しているペニスを取り出した。欲に震え、今にもはちきれんばかりにそそり立つそれは、今か今かと刺激を待ち続けているようにも思える。
「シルヴァ……の、……ほし……です……」
荒い吐息とともに蕩けたアッシュは精一杯ねだってみせれば、シルヴァンの顔色が変わった。それまでは甘く蕩けていたそれが、男の顔になった。
「いいのか?」
だが敢えて尋ねるのは、焦らしたいのか、それとも二年間も抱いてないからという気遣いからか。アッシュはその問いかけすらももどかしく、小さく声をあげながら何度も頷いた。
「はや、く、……はやく……」
舌っ足らずになる口調も自ら意識したわけではなく、どうにも疼いてしょうがなかったからだった。その甘い声に、シルヴァンは意を決したようにアッシュの細い腰に手をかけ、熱を持つ欲望を今か今かとまるで呼び込むように収縮している後孔に宛がう。その熱で、アッシュは一瞬ビクリと身体を震わせた。
「挿れるぞ」
「あ……!」
シルヴァンの言葉とともに入りこんできた熱に、アッシュはビクリと身体をのけ反らせて甘い悲鳴を上げる。ひとしきり熱くて太く脈打つその感覚は耐え難く、アッシュは何度もひくひくと身体を痙攣させながらシルヴァンに縋るように抱き着いた。
「はいって、る……あ、……シルヴァンの……熱いの……」
「ああ、入ってるな……お前の胎内……やっぱ、最高に気持ちいい……」
ぐい、と腰を押され奥に熱が入り込むたびに快楽のツボを刺激され、アッシュはあられもない声を何度も何度もあげた。まるで自分のそれではないような甘ったるくて女のような声だ。シルヴァンに必死にしがみつきながらもっと、もっととねだるように腰を動かして熱と刺激をせまれば、シルヴァンもまた腰を激しく打ち付けてくる。
「もっと、奥……おく、に……っ、ほし……っ!」
「あ、ああ、アッシュ……アッシュ……!!」
淫らな水音を立てながら、シルヴァンはアッシュの両足を大きく開き腰をよりいっそう奥深くへと打ち付ける。その都度アッシュは嬌声を上げてもっと、もっと、と半ば子供のように繰り返していた。
「アッシュ、胎内に……」
「ください、シルヴァン、僕の……胎内に、ください……ッ!」
シルヴァンのもうこれ以上堪えきれないという顔に、懇願するようにそっと両手を這わせてアッシュは荒い呼気とともに告げる。シルヴァンは一瞬面食らったような顔をするが、そのまま腰を激しく動かし、アッシュの胎内に熱い欲を吐き出した。
その翌日から早々に、アッシュはゴーティエ領での農業を学び始めた――小作農のところにゆき、ともに畑を耕し作物を育てるといったことを、一からだ。当然だがシルヴァンは辺境伯の任務があるから共にはいない。昨晩あれほど激しく求められたのはそのせいなのかなどとも思ったが、そんなことを考える暇もないほどにゴーティエ領での労働は過酷だった。まず土地が明らかに痩せておりこれは小麦の収穫量もろくな量が採れないだろうとアッシュですら憶測できるほどだった。だが、スレンはこれ以下だという。だからアッシュは小作農たちにまず自らがガスパールで弟から学んでいた土の改良の仕方から提案してみた。これが功を奏し、次のシーズンのゴーティエでの小麦の収穫量は倍増したことに農家たちも驚いたのだが、アッシュ自身もここまで効果があるとは思わずに、小作農たちとともに泥だらけの手を取り合って喜び合ったのだった。
これならば、という手ごたえを感じたアッシュは早速シルヴァンに早馬を走らせ知らせると、逆にシルヴァンが直々に政務の間を縫ってアッシュの元を訪れる始末で、アッシュは苦笑してしまった。小作農たちも辺境伯が直々に訪れたものだから上から下への大騒ぎで領主もあわてて歓迎の準備をしたほどだった。シルヴァンはそのようなことはしなくてもよい、ただの下見だとは言ったのだが、アッシュが辺境伯お墨付きだということを知っている領主は下手な真似は出来ないと頑固に首を縦にはふらず、アッシュに一年以上も労働をさせたことを詫びるように、そしてアッシュのお陰で領内の収穫量が増えたことに感謝の言葉を直々に伝えたいと重ねて申し出てきたので、シルヴァンに断る余地はなかったのだった。
「まったく、お前はつくづくすごい奴だな……ゴーティエに来てすぐにこんな成果をあげるなんて、さすがに俺も想像してなかったぜ。たった一年だぞ?」
歓迎会もひと段落つき、久方ぶりの二人きりの時間を過ごすシルヴァンの声色は既に甘かった。以前は二年、今回は一年。あれほどにアッシュに執心しているシルヴァンを待たせていることが分かっているアッシュも、だからシルヴァンを拒むことなどはできなかった。
大きな寝台に二人で重なり合うように抱き合いながら、熱い吐息とともに交わす言葉ではないのだが、二人きりになった瞬間にシルヴァンがアッシュを求めてきたのだから仕方なかったのだ。もう話をする暇も惜しい、というほどの熱がシルヴァンの双眸には宿っていて、アッシュもまた彼に触れたいという思いを否定することはできず、その逞しい腕に身をゆだねた。
「僕もまさかここまで成果が出るとは、思ってなかったです。でも、これで、君の夢に一歩また近づけたと思うと、素直にうれしいです」
きっぱりと告げるアッシュの顔は誇らしげで、シルヴァンは一瞬あっけにとられる。この真っ直ぐさが、純粋さが、何よりも一途で諦めることを知らなさがアッシュの強さであり魅力なのだ。そう思うといとおしさが募り、シルヴァンはアッシュを再びきつく抱きしめる。
「シ、シルヴァン……すこし、苦しいです」
「ごめん、つい、うれしくて、な」
シルヴァンの言葉にアッシュはくすくすと小さく笑って胸元に顔を寄せた。されるがままのアッシュの灰色の髪の毛をやさしく梳きながらシルヴァンはつむじに口づけを落とす。
「そうだな、お前のお陰で、俺の夢にまた一歩近づいた。お前には感謝してもしきれない」
そのまま今度は唇に触れようとすると、アッシュの顔が動いて制される。
「その言葉は、まだ早いです」
アッシュは、それまでの甘い雰囲気を吹き飛ばすかのような真面目そのものの顔で告げてきた。実際彼は本気なのだろう。確かに、シルヴァンの夢はそこで終わりではない。この先スレンとの交渉や貿易といったところまで果たして、初めて夢が叶ったといえるのだ。
「まだ喜ぶのは早いですよ。本番は、これからなんですから。それに努力したのは僕だけじゃないです。君だって、和平交渉の土台を一年をかけて作っていたんでしょう?」
言いながら、アッシュの方からシルヴァンの鼻先に小さな口づけが落とされた。そしてなだめる様に視線を合わせ、両の頬をゆっくりと撫でられる。
「あ、ああ……そう、だったな」
そのまっすぐな視線に少し照れるようにシルヴァンは瞬きをしながら、もう一度アッシュを抱きしめた。腕の中の存在が、いとおしくて、大切で、仕方なかった。本当に、離したくはなかった。けれども、彼は自分のために動いてくれているのだ、それも心の底から。だから、自分もそこは妥協しなければならない。何よりシルヴァンは辺境伯であり、ゴーティエを預かるものなのだ。これくらい我慢出来なければ、アッシュと共に歩むことなどできないと、弱い自分自身を叱咤するように自らに言い聞かせた。
「大丈夫ですよ、ここまでやれた君ならきっとやれます。スレンとの交渉だって……きっと上手くいくって、僕は信じてますから」
アッシュの体温と言葉はやさしい。だが、その言葉にはただやさしいだけではなく共に厳しさもある。だからこそ、この存在がかくも愛おしくて眩しいくて自分には必要なのだ、とシルヴァンは思った。
そしてアッシュと共にゴーティエの屋敷に戻るや、シルヴァンは三年前から用意していた指輪をアッシュに手渡すことを決意した。スレンに行く前に、確証が欲しかったからだ。アッシュと将来を共にするという確証だ。それがなければ、流石にかつての敵地スレンにアッシュ一人を置いて去ることはできなかった。
シルヴァンは自らの私室にアッシュを呼び出すと、徐に小箱を渡す。
「アッシュ、これを受け取ってほしい」
「これは……」
アッシュも小箱を見てある程度中身を予想はしていたのかもしれないが、いざ開けて中身を見て、大きな瞳を見開いて驚いてみせる。これは本当に予想外だったのかと、シルヴァンは自らの先走りに若干気落ちしたのだが、そうもいってられない。もう翌朝にはスレンに発つのだから。
「婚約指輪だ。アッシュ、スレンから戻ったら、俺と一緒になってほしい……結婚、してほしいんだ」
「それ、は……」
アッシュは相当に戸惑った様子で、小箱を受け取ったまま固まっている。何をそんなに迷うことがあるのかと、シルヴァンにしてみればもどかしさを感じるものの、アッシュ当人の気持ちは推し量れない。恋人同士だとはいえ、正式に婚約をしていたわけでもないし、何よりもアッシュはシルヴァンと恋人同士だということを公にするのを憚っている節があったのはよく知っている。それは、ゴーティエの紋章や遺産に関することが理由なのも、シルヴァン自身よくわかっていた。だが、それは、もうお終いにしたかった。何よりもクロードの「フォドラの夜明け」という言葉が物語るように、フォドラもまた変わらなければならないのだ。そのためのスレンとの和平交渉の土台を必死に作り、交流を目指しているのだから、過去の遺産の力など借りずともよくなる。そうするために今、シルヴァンは生きているといっても過言ではなかった。つまるところ、シルヴァンはアッシュを伴侶にしたいがためにただひたすらに努力し続けていた。だからこそ、指輪は受け取ってもらわなければ困るのだ。
「今すぐに、じゃない。全部が終わってからでいい。俺の伴侶は、お前以外考えられないんだ、頼むよ……」
我ながら格好悪いと思う。だがそれでも、縋るようにアッシュを抱きしめて肩口に顔を寄せ、そっと息を吐いた。
「お前以外考えられない。お前が傍にいないことなんて、俺は考えられないんだ」
「シルヴァン、でも、これは……その……」
「アッシュ、頼む、受け取ってくれ。そうじゃないと、俺は……」
自らより一回り小さな身体を強く抱きしめて、懇願するようにシルヴァンは告げる。その言葉にはまるで血反吐が混じっているかのような真剣さと痛みがあった。自らの弱さを盾にするようで卑怯だと思う。それでも、この指輪だけは、どうしても受け取ってもらう必要があったのだ。そうでなければ、前に踏み出せない、そんな気すらしていた。
「……わかりました。シルヴァン、受け取ります。これを受け取って、僕は、僕の使命を果たします」
少しのため息とともに、アッシュの小さな言葉が胸元から聞こえる。最初はアッシュが承諾するとは思わず、シルヴァンはぽかんとしてアッシュの顔をまじまじと見つめてしまった。話の流れから、断られても仕方ないと思っていたからだ。だからこそ、無様な真似までした。
「どうしたんですか?受け取る、って言ってるんです。君の気持は僕もよくわかってますし……僕も、君のことが好きです。でも、今の僕では君には釣り合いません。それに、ゴーティエの相続や遺産のこともあります。だから、せめてもっと役に立てるということを示すことが出来れば、僕ももう少し自信をもって君の隣に立てると思うんです」
そのために、今までずっと努力してきたんですからね。柔らかな笑みと共に告げられて、シルヴァンは思わずアッシュを強く抱きしめていた。歓喜が胸の奥から溢れてきて、仕方がなかった。いざそうなってみると、どう反応してよいのかもわからず、ただアッシュを抱きしめて口づけをところかまわず落とすことしかできない。
「し、シルヴァン、落ち着いてください!まだ婚約することを、承諾したわけじゃ……」
「受け取ってくれるってことは、同じことだろ。お前もいい加減腹を括れよ。俺もお前が努力する分、俺ができることを頑張るからさ。そりゃあ離れるのは辛いけど、お前がそれを持っていてくれるなら、少しは安心できる」
「そ、それはそうですけど……。それにしてもこの指輪、本当に高価なものじゃないですか。こんなに立派なもの……」
「受け取れない、とは言わせないからな。それはお前のために特別に作ったものなんだ。お前だけのために、な」
そして有無を言わせずに小箱から指輪を取り出すと、アッシュの左手の薬指に指輪を嵌める。
「よく似合ってる。流石俺の見立てだな」
「まったく……君は臆病なのか、強引なのか、時々わからなくなります……でも」
「でも?」
アッシュは自ら嵌めらえた指輪を改めて見つめて目を細める。
「君が一年間、あちこち走り回ってスレンとの交渉の土台を作ってくれていたことも領主様から聞き及んで知っていますし……だから今度の会談が実現するんだってことも、よくわかってます。だから、この指輪は受け取らなきゃならないですよね」
アッシュがそう告げながらそれはそれは綺麗に笑うものだから、シルヴァンはしばらく呆けたように動けなくなったのだった。
そして、いよいよスレンに旅立つ時が来た。目的は和睦のための会議ということになっていて、ガルグ=マクより大司教ベレスも同行することになっている。暫く待っていると護衛の部隊と共にベレスが到着した。
「大司教猊下、久しぶりです。今日は宜しくお願い致します」
「ああ、シルヴァン、そんなにかしこまらなくてもいいよ。私はただ、会談の場を取り持つためけに来たんだからね」
「それでも、フォドラを代表して来て頂く訳ですし、何かあったら一大事ですから。ゴーティエ騎士団からも護衛はつけさせてもらいますよ」
そこには、かつてのダスカーの悲劇を繰り返させまいというシルヴァンの強い意志があった。
「それに今回はアッシュの部隊も一緒なんです、心強いでしょう?」
「アッシュが?どうしてまた……と、君には何か考えがあるんだね」
「まあそれは、会談の場で見ててくださいよ」
教え子の笑みの下に隠されたものを見透かすようにベレスはじっとシルヴァンを見つめた後、小さく頷いてみせた。
「わかった、それじゃあ楽しみにさせてもらうとするよ」
そうしてシルヴァンは自らの部隊とアッシュ、ベレスの護衛部隊を引き連れてスレンへと旅立つこととなったのだ。
会談の場は、ゴーティエとスレンの国境の砦と決められていた。そしてシルヴァンらが到着するころには、既にスレンの王たちは到着しているらしく物々しい雰囲気が辺りを包み込んでいた。心なしか門番の兵士たちも緊張しているようだ。
彼らに気さくに声をかけながらシルヴァンは中に入ってゆくが、正直アッシュは緊張のあまり生きた心地がしなかったといってもいい。戦場はいい。だが、こういう場は未だに慣れないのだ。それを悟ったのか、ベレスがアッシュの肩にやさしく触れてくる。何事かと振り返れば、恩師は緊張などしなくていいのだと目だけで語り、頷いてみせた。
「君もこの場にいることを許された人間なんだ。もっと、堂々としてていいんだよ」
学生時代を思わせるベレスの口ぶりに、アッシュは思わず苦笑してしまうが、同時に肩の力が抜けるのを感じた。矢張りベレスはこういうところが他の人間とは違うなと思う、人を安心させる何かがあるのだ。それに、実際アッシュはこの三年努力をし続けてきた。それはひとえに今日この日——否、これからの為なのだ。そう思えば、恐れはいつの間にか消えていた。
「はい、せんせ……大司教猊下」
思わず先生、と呼び掛けてしまったアッシュにベレスは小さく笑う。
「おい、スレン王のお目見えだぜ」
シルヴァンの小さな声と共に、物々しい音がする。重たい扉が開かれて現れたのは、武装した大柄な壮年の男性と、護衛の騎士たちだった。中央に立っているのがスレン王だろう。厳つい顔つきで年齢は四十くらいだろうか、だがその年齢を感じさせない威圧感があった。これが、長年スレンを束ねている男だと言われれば納得がゆくような存在感もある――そんな男相手にシルヴァンは対等に話ができるのだろうかと一瞬アッシュは気圧されて考えてしまうが、そこはシルヴァンなのだ。彼の弁舌を信じよう、と思った。
一歩、前に出たのはベレスだった。
「スレンの王、そしてゴーティエ辺境伯。私がフォドラ統一王であり大司教ベレスだ。今日は会談の場を設けたいということで、私がその場を取り仕切る形にさせてもらうが、両者、よろしいかな?」
「ああ」
「構わん、フォドラの王よ」
ベレスの声に、シルヴァンとスレン王は双方頷く。武装した兵士らも、アッシュも動くことはなかった。
「それでゴーティエ辺境伯、どうやら貴殿から提案があるらしいという噂を聞いたのだがな」
「流石、お耳が早い。いえ何、こちらから技術提供をしようっていう話なんですよ。スレンじゃあ土地が瘦せてて小麦の生産量が心もとないっていう話は存じてます。ゴーティエで試に改良した技術を、そっちでも使ってもらえないかってね」
「ほう。確かに小麦に関して言えば苦労していないとはいえないな。食料全体の話ならばまた別だが。こちらとしてもまあありがたい話だ。だが、話がそれだけというのならばこちらにだけ都合がよすぎはしないか?」
スレン王はどっしりと構えた様子で表情を動かすこともない。まさに王者然としていた。
「そこで、取引をして欲しいってわけだ。こちらの技術がそっちにとって益になるとわかった暁には、スレンの特産品やなんかをフォドラに流通させたい」
「ふむ、なるほどな。和睦どころか貿易の話と来たか。ゴーティエ辺境伯は中々豪気なようだ。今まで敵対してきた我々に和睦を申し出るばかりかその将来の話まで一度に持ってくるとは」
「いやあ、それほどまででも。ここはやっぱり、平和に行くのが一番でしょう。それに、技術伝授についてはこいつを貸します。勿論、期限付きですがね。ゴーティエでの小麦の収穫量を一年で変えたくらいだから、きっとお役に立てるかと」
突然話題が自分のことになりアッシュは驚くが、見ればスレン王はじっとアッシュの顔を――まるで品定めをするように見ていた。その強い視線に負けないよう、アッシュもまた視線を逸らさずにいると、スレン王が突如笑い出す。
「ほう、なかなか可愛いお嬢さんだな。だが、このお嬢さんに何が出来るんだ?」
揶揄するようなスレン王の言葉にもシルヴァンは動じない。確かに体格もアッシュやシルヴァンと比較してもスレン王は大柄だ。だからアッシュも動じないように必死にその場に立っていた――それほどにスレン王という人物は大きかった。ベレスともまた違う大きさを秘めている、と思った。
「見た目はこうだが、技術だけならゴーティエ一といっても過言じゃない」
「ふむ、そこまで言うほどなのか」
スレン王は半信半疑といった様子でアッシュのてっぺんからつま先までをじろりと眺め、途中で目に留まったのか視線をその手に向けて口ひげを撫でる。
「……ん?その指輪、ゴーティエのものだな。ということは、このお嬢さんは婚約者か何かか?」
「やあ、流石目ざといですね、バレちまいましたか。そうなんですけどね。こいつ以上に役立つヤツがいないってくらいの技術を持ってるし、正直仕事任せるならこいつしかいないんですよ。それはそのうちこいつが証明してみせます」
シルヴァンの言葉に、スレン王は突如豪快に笑い出した。
何事かとベレスも目を見開くのだが、スレン王の従者たちは慣れたものなのか、微動だにしない。
「フォドラで同性婚が認められているのは知っていたが、まさかゴーティエ辺境伯の婚約者が同性とはこれまた豪気だな!遺産も血筋ももはや不要と踏み、この和睦が絶対と踏んでいるということか……はは、よし、その心意気が気に入った!和睦とこの条件、受けようではないか。そしてお前の婚約者がどれほどすごいのか、見せてもらおう!」
スレン王の言葉に、シルヴァンの表情が一気に明るくなる。
逆にバカにされているのではないかと烈火の如く怒られる可能性もあったので、ほっとしたのと同時に漸く念願の和睦が叶ったのだ――たとえこの場だけとはいえ、これから着々と準備が行われ双方和睦へと進む未来が決まった。それだけでシルヴァンにしてみれば念願の夢にまた一歩近づいたことになる。
「それでは、和睦の調印の儀をしますが、双方よろしいか」
ベレスが一歩前に出れば、スレン王とシルヴァン双方が満足そうな笑みで頷く。
「さっさと始めてくれ。オレはゴーティエ辺境伯の連れがどれ程のものか早く確かめてみたくて仕方がないからな」
「ったく、現金な王様だな……」
シルヴァンの失敬ともいえる言葉にすら、スレン王は豪放に笑いながらベレスが差し出した調印書にサインを走らせる。両者が和睦の調印書にサインをし、判を押して、そして調印の儀は簡易ながらも終了だった。
「では、この調印書は私大司教ベレスがガルグ=マクにて保管する。両者、くれぐれも勝手にこの調印書に書かれたことを破らないように頼むよ」
「おうさ、大司教猊下。これは俺の夢だったんだ、絶対にそんな風にはしない」
「オレもお前さんのことが気に入ったからな、出来ればそうありたいもんだ」
そして両者は固い握手をして、笑みを交わしたのだった。
「アッシュ、それじゃあ俺はゴーティエに戻るけど、後のことはくれぐれも頼む」
「はい、僕が出来る限りのことを、してきます!君の期待に応えるためにも、隣に立つためにも」
流石にベレスやスレン王らの前で抱擁するような真似は出来ないと踏んだシルヴァンだったのだが、逆にスレン王に「今生の別れになるやもしれんぞ?」と笑いながら脅されてシルヴァンは苦笑いをして、そっとアッシュを軽く抱き寄せ、口づけをした。
「お前にならできるよ。俺は信じてる。俺も、俺が出来る精一杯のことをする」
脅したスレン王は笑っているから、彼なりの冗談だったのだろうが、或いはこれから離れて暮らす恋人同士への手向けだったのか。そうした心遣いも出来そうな男なのだろう。シルヴァンの興味は益々スレン王という男へと向いた。できればこれからも色々と話をしたい、とも思った。だが今はその時ではない。
そしてシルヴァンはアッシュとその部隊を残し、ベレスと共に砦を後ろ髪を引かれる思いをしながらも去るのだった。
それからのアッシュとその部隊の日々は過酷といえば過酷だった。全く知らない民族の中に溶け込むことから始めねばならなかったからだ。それでも言葉が通じるのがせめてもの救いで、そしてスレン王に最初から認められたアッシュとその部隊の働きぶりに、スレンの住民たちは呆気にとられたのだった。
アッシュの部隊の人間たちも、隊長に倣い戦の技術のみならず畑仕事や狩りの知識も十分にここ三年で蓄えてもいたのだ。それ故に彼らも共に来てもらったのだが、その働きぶりから、初めは敵対していたフォドラ人という色眼鏡で見られていたものの、日々の行いも相まって徐々にスレンの人々に評価されていったのだった。
そしてその成果は矢張り一年で出た。小麦の収穫量が倍とまではいかずとも上がったのだ。
これにはスレン王も感心して、アッシュとその部隊を中心に宴を催してくれたほどに喜んだ――逆にいえば、スレンの大地で小麦を育てるということは、それ程に難しいことなのだとアッシュも痛感していた。事実ゴーティエのように簡単にはいかず、想定よりも収穫量があがらなかったのだ。それでもスレン王とスレンの人々は喜んでくれた。そのことが嬉しくて、アッシュもこの時ばかりは酔いに任せスレンの人々と話に花を咲かせたのだった。
その場でスレン王が冗談のように「ゴーティエ辺境伯がいなくてお前が女だったら、俺は即お前を娶っているぞ」などというものだから、アッシュは苦笑するしかなかった。スレン王という人物は、会ってみて分かったことだが確かに威圧感を感じるほどに強大で事実戦では一騎当千の活躍をするというが、こうして話をしてみれば意外に人の好いところもあるのだ。アッシュはスレン王に好感を持っていた。アッシュを揶揄るような言動もあるが、それでも一人の人間として認めてくれている気がしたからだ。そういう人物に対しては、真摯にありたかった――何より、シルヴァンとの約束があるから、アッシュも必死だった。
スレンの土は冷たく硬くて、栄養も乏しい。それでも肥料を新しく改良し繰り返して年々小麦の収穫量は増えていった。
ある日、スレン王の側近にアッシュは呼び出された。何事かと思えば、狩りに連れていきたいのだという。
「お前は先の戦争では狙撃手として活躍していたと聞いたぞ。狩りの心得もあったと聞いている。俺の狩りの供として遜色はあるまい」
スレン王は蓄えた髭の下でくつくつと笑うのだが、アッシュにしてみればとんでもない事態だ。だが、断れるわけもない。
「お前の部隊もなかなか優秀だと聞くぞ。どうだ、皆連れて行って狩りといこうじゃないか。スレンの獣はフォドラより手ごわいがな」
「はい、私たちでよろしければお供させて下さい」
「はっはっは、そこで断らない所がお前の良いところよ!卑下もせず傲慢でもない、まったく、ゴーティエ辺境伯には惜しい婚約者だな」
「それでも私は彼以外の人間と人生を共にすることを、考えてはいません」
アッシュのきっぱりとした答えに、スレン王は愉快そうに笑う。
「振られたか。だが、そうでなくてはな。俺はお前のそういうところが気に入っているのだ」
そして、スレン王は自らの馬と共に駆け、アッシュとその部隊もスレン馬を借りて狩りに出た。北の大地とあってやはりガスパールやゴーティエとは違い、獲物は狂暴でその分弓も強いものを使う。その為スレン王はあのように大きな体躯をしているのだ、とアッシュは痛感した。剛力で仕留めることが出来ない代わりに、アッシュ達は獣の弱点である眉間や目などを狙い、動きを鈍くしてから仕留めることにした。或いはアッシュらが弱点をつき、スレン王が屠る。そうした狩りを一日中こなして、それなりの獲物を持ち帰った暁には、スレンの住人一同が待ち構えており、既に宴の準備をしていた。
アッシュがスレンに来て分かったことだが、スレンの住人たちはこと宴が好きだということだ。何かあればすぐさま魚料理と蜂蜜酒を振舞い、一晩を明かす。そうしたスレン人の気質は意外にさっぱりしており、フォドラに居た頃の印象とはまるで別だとアッシュは思った。だが、狩りともなると獰猛だということもわかった。これはゴーティエ辺境伯が代々苦労するわけだとも痛感した。彼らはひとまとまりの家族のようなものなのだ。そのまとまりの強さが厄介だ、とシルヴァンも言っていたと記憶している。
だからこそ、今こうして自分がここに立ち、彼らと共に過ごし、彼らを理解することは何よりも意味があるのだ、とアッシュは思った。
そして、スレンで四年ほど過ごしたろうか。小麦の収穫量も順調に増えてきて、他の野菜の栽培などにも手を広げられるようになった頃。アッシュはスレン王に呼び出された。
「そろそろゴーティエ辺境伯が恋しくはないか?」
突然の言葉に、アッシュは一瞬呆気にとられた。まだ、スレンでの仕事が完璧に終わったとは思っていなかったからだ。だが、スレン王の目は真っ直ぐにアッシュを見つめている。彼は本気なのだろう。
「スレン王……それは……もう、私の力は必要がない、ということですか」
正直なことを言えば、戻りたかった。シルヴァンの声を聞きたかったし、話をしたかった。お帰りと言って抱きしめて欲しかった。けれど、まだだとアッシュは思っていた。まだ、自分の仕事は十分ではない。
「そうではない。お前は十分すぎるくらい俺たちに協力してくれた。お前の部隊の連中もだ。一部隊を他国に預けるなど、そうそうできることではないからな。それに、お前たちの技術はもう十分俺たちも学べている。お前は本当に、出来ることはすべてやってくれたといっても過言ではない」
「ですが……私はまだ、やりきれたとは思えないのです。まだまだ課題は残ってます」
「そこは、俺たちスレンの人間が自分たちで解決してゆかねば意味がない。技術とは、そういうものではないか。無論お前がいてくれれば頼もしい。だが、そろそろお前をゴーティエ辺境伯に返してやらねばと思ってな」
スレン王の声と表情は、今までになく優しいものだった。アッシュを想っての言葉なのだろう――それはわかる。それでも、アッシュは納得はできなかった。
「……お気持ちは嬉しいです、スレン王。ですが、せめてあと一年、あと一年だけでも、ここに居させてください……そうすれば、目標が成し遂げられるのです」
あと一年もすれば、土壌改良も進むだろう。そうすれば、目標にしていた小麦の収穫量にも届くし、より栽培できる品種も増える。その為の最後の一年だと、アッシュは最初から決めていたのだ。
「だが、手紙のやりとりも殆どしていないのだろう?」
「……あまりそういうことをしてしまうと、恋しくなってしまいますから」
「そういうところは、素直なのだな」
笑うスレン王の表情はやはり優しかった。アッシュにしてみれば、寂しくないというのは嘘だった。夜一人で眠るときにシルヴァンを思い出さなかったことなどない。だが、だからこそ、昼間は人一倍仕事をして身体を酷使し、眠れるようにしていたのだ。そうしなければ、きっと恋しさで押しつぶされていただろう。一度ゴーティエでシルヴァンに逢ってから、その感情はより一層強くなってしまっていたのだ。そして左手に嵌められた婚約指輪を見るたびに思い出してしまう。だから、アッシュは熱心に仕事に取り組んだ。取り組まざるを得なかったのだ。そうすると手紙などを書いている暇もなく、半年に一度ほどペンを取る程度になってしまっていた――薄情だと思わているかもしれない、愛想をつかされているかもしれないと思いながらも、シルヴァンからの返事はいつもアッシュの身体を気遣うものばかりで、その懐かしく愛おしい文字を見るだけで泣きそうになったこともあった。
それでも、今はまだ帰れない。
「……わかった。ならばあと一年、お前たちに甘えよう。だが、あと一年だ。もうこれ以上、ゴーティエ辺境伯に借りを作りたくはないからな」
そして、言葉通りアッシュは残りの一年間の全てをスレンでの仕事に捧げた。最後の仕上げだと思えば手も抜けず、部隊の人間やスレンの住人たちと必死になって仕事をしたのだ。その頃になればスレンの住人たちとも意気投合し、冗談を言い合いながら泥まみれになって仕事をすることもできた。彼らもアッシュたちが早くフォドラに戻れるようにと、一層励んでくれたお陰で、その年の収穫量は見事なまでに増えたのだった。この極寒の地でこれだけのことを成し遂げたという事実は、アッシュにとっても大きな経験になった。
収穫祭を終えたその夜は案の定蜂蜜酒と大量の魚料理に小麦とライ麦を混ぜたパンで宴が開かれ、人々は踊り、笑い、そして夜は更けていった。
アッシュは一人離れた場所でそれらを眺めていた―—自分は、漸くやりとげられたのだ、と思った。こうしてフォドラの住人とスレンの住人が共に杯を交わし笑い合う、この光景をシルヴァンが見たらどれほど喜ぶだろうか。久しぶりに手紙を書こう、と思った。
「アッシュ」
アッシュを呼ぶ声に振り向けば、スレン王が蜂蜜酒の杯を二つもって立っていた。一つを受け取ると、アッシュは唇を濡らす程度に口をつける。一方スレン王は一気に半分ほどを飲み干してからアッシュに近づき、隣に立つ。
「どうだ、やり遂げた感想は」
「……どうなんでしょうね、なんだか、不思議な感じがします。本当に皆さんのお役に立てたのか……本当は、私の力ではなくて皆さんの力があったからこそなんじゃないかって、思うこともあります。それでも、私はこの地に来てよかったと思ってます。こうして、スレンの方々と共に食卓を囲って、料理を食べて、話をして、笑うことが出来て、それだけでも本当に」
「そうか」
スレン王は突然アッシュの頭に大きな手のひらを乗せ、子供にするようにぽん、と軽くたたく。
「スレン王……?」
「……すまんな、なぜだかこうしたくなった。ゴーティエ辺境伯が居たら怒鳴られるどころじゃすまないだろうがな。お前は不思議な人間だ。人の警戒心を解かせる事が出来る目をしている」
「……私の、……目が?」
「そうだ。そのまっすぐで透明な目だ。俺はお前の目が気に入って、だから和睦の条件をのんだ。無論、ゴーティエ辺境伯の豪気さも気に入ったのだがな。お前が何をしてくれるのか、ひどく気になって仕方がなかった――そしてそれは、恐らくはスレンにとって悪いことにはならないだろうと、あの時思ったのだ」
スレン王は少しばかり目を細め、アッシュの肩に手をかける。
「アッシュ、お前とお前の部隊がスレンに来てくれて、本当に助かった。感謝の言葉もない。礼を言うぞ」
「スレン王!そんな、私はたいしたことは……!」
「お前は自己評価が低いのが欠点だな。仕事で自らを卑下することはないのに、何故かな」
スレン王は愉快そうに笑い、アッシュの肩を叩く。
「本当に感謝をしているのだ。スレンの住人もみな、お前とお前の部隊が来てくれて本当に助かった。狩りでもよく獲物を捕ってくれたしな。本心を言えば、返したくはないのだ」
そこでようやくアッシュは緊張の糸が解れた。それまではスレン王の余りの評価に及び腰になってしまっていたのだ。だが、スレン王の本心を聞き、少しばかり気が緩んだのだろうか、アッシュは思わず苦笑していた。
「でも、約束は守っていただかなくては。本当はゴーティエ辺境伯が恋しくて、仕方ないのです」
左手に嵌められた指輪を見ながら、アッシュははにかむように告げる。王たる人物に無礼な言動かもしれなかったが、不思議とスレン王はそうした身分というものを感じさせない何かがあった。かつてディミトリにあれ程友人になってほしいと頼まれても無理だった若い頃とは変わったな、とアッシュは自ら思い出して再び苦笑する。
「何か、愉快なことでも思い出したのか?」
「いいえ、ちょっとした、昔の事ですから」
「そうか。それよりも、何時発つことにする?」
「出来れば早々に、と言いたいところですが、準備もありますから一週間ほど後になるかと」
「……そうか。寂しくなるな」
言いながら杯を傾けるスレン王は、本当に寂しそうで、アッシュは自らよりもずっと大柄なスレン王がこの時ばかりはどこか小さく見えたのだった。
そして出立の日がやってきた。収穫祭も終わり、スレンの地ではもう半月もすれば雪が降るだろう。木枯らしの中、スレンの住人たちは総出でアッシュ達を見送ってくれた。
「アッシュ、そしてその部下たちよ。貴公らの尽力は筆舌に尽くしがたい、本当に感謝している。こちらから出せるものなどは限られているが、共に磨いた狩猟の技術と、北海で捕れる白身魚を貿易品として提供したいと思っている。この旨は既にゴーティエ辺境伯に早馬で伝えてあるゆえ、そなたらは気を付けて帰路につくことだけを考えてくれ。我々はここで見送ることしかできぬが、道中気を付けてゆかれよ」
威風堂々としたスレン王の言葉に、アッシュとその部下たちは身が引き締まる思いであった。だが、これで帰国できるのだという浮足立った気持ちを落ち着かせるには十分な威厳のある言葉で、事実ゴーティエ領とスレン領の間の砦までの道中は決して安全なだけの道ではなかった。流石に野盗が出るなどということはないが、冬の貯えを求める獣たちに出会うこともある。
「ありがとうございます、スレン王、そして皆さん。私たちはこれで帰りますが、私たちの技術を昇華し、改良してゆけばスレンは今までより以上に豊かになるでしょう。何かあれば手紙をください、すぐにでも駆け付けますから」
アッシュがそう言うと、スレン王は直前までの王の威厳を捨てて豪放に笑う。
「流石にそれはできぬ相談だな、アッシュよ。これ以上お前を浚ってしまえば、ゴーティエ辺境伯と再び戦争になるやもしれん」
「それは流石に言い過ぎですよ、スレン王」
「意外と冗談にはならんからな……そうでなければそのような指輪をわざわざ付けさせて寄越すまいよ。そういう男だ」
「それは……」
流石に、そこまで言われてアッシュは言葉を失った。ゴーティエを発つ前に激しく求められ、離したくないと何度も告げられた言葉。切々とした表情と泣きそうに歪んだ瞳が、どれほどにシルヴァンがアッシュを必要としているか、わかっていたからだ。それでもシルヴァンはアッシュを信じて送り出してくれた。わかっているのだ。だが、だからこそ、彼の役に立ちたいと本気で思ってこの五年間努力を積み重ね、ここまできたのだ。シルヴァンが言っていた貿易もこれならばうまく行きそうで、アッシュのできることはここまでなのだ。あとは、シルヴァンの仕事だ。
「……すみません、余計なことを言いました。けれど、本当に、何かあれば頼ってください。手紙だけでも、送ります。何かわからないことがあれば教えます。ですから……」
「アッシュ、そう必死にならずとも、お前はもう十分にやった。自信を持て。お前くらいゴーティエ辺境伯の役に立った人間など、おらんぞ」
そう言ってスレン王はアッシュの肩に力を込めて手を乗せる。その重さが、何よりの証拠なのだろう。
「……わかりました。ありがとうございます。では、私たちはこれで失礼しますね。皆さん、長い間本当にお世話になりました」
アッシュの言葉に、スレン王は満面の笑みを作りもう一度アッシュの肩に手を置いて軽く叩く。スレンの住人たちは揃って別れを惜しみ、中には涙するものもあった――それはアッシュの部隊の者たちも同様で、そこかしこで別れを惜しむ光景が見られた。
ああ、本当に、自分は自分の仕事ができたのだと――そして、この光景をシルヴァンに見せたかったなと、アッシュは思ったのだった。
「アッシュ!帰ってきたんだな!!」
早馬で知らせを聞いていたろうに、アッシュがゴーティエの屋敷に帰ったとたんにシルヴァンはろくに外出の準備もせずに飛び出してきた。それほどに恋しい思いをさせたことを少しばかり後ろめたく思いながらも、懐かしく大きな懐にアッシュはそのまま収まる。
「ただいま戻りました、シルヴァン。長い間留守にして、心配をかけました」
「ああ、お帰り。お前ときたらろくに手紙もよこさないから本当に心配したんだぜ……あのスレン王はお前を気に入っていたみたいだしな……」
顎に手をかけて不穏な顔をするシルヴァンに、胸の中でアッシュは思わず苦笑してしまう。まったく、スレン王の言うとおりだった。
「あの、シルヴァン、部隊の皆もいるんですが……」
「あ、ああ……そうか、お前たちも、お疲れ様。よくやってくれたよ。スレン王の側近から頻繁に手紙が届いていてな、よくアッシュを助けてくれた。とりあえずしばらくは休んで、家族のもとに戻るといい」
シルヴァンの声に、わっと歓声があがる。アッシュだけではない――部隊の一人一人もまた、家族を抱えているのだ。
それでも何も言わずにアッシュについてきてくれたことには感謝してもしきれない思いがあった。
「皆さん、しばらくは家族と過ごす時間を取ってください。訓練や作業は僕一人でも大丈夫ですから」
「ですが、隊長……!」
「家族を待たせているのでしょう。僕もシルヴァンを随分待たせてしまいました。同じことです」
アッシュの言葉に、隊員たちはそれぞれが頷く。中には家族を思い出し涙ぐむものもいた。それほど、五年という月日は長く、そして苦労の連続だったのだ。
「……わかりました、隊長。ありがとうございます」
皆が口をそろえて言えば、アッシュも目を細めて微笑み頷く。
「それに、隊長の邪魔も出来ませんしね」
口さがないものがそっと一言呟くと、そこを中心にして輪のように笑いが広がった。
「ちょ、ちょっと待ってください!それとこれとは……!」
「ゴーティエ辺境伯のお怒りを買うのはオレたちだって面白くありませんし、何せもうオレたちは辺境伯付ですからね」
部下たちの冗談に顔を真っ赤にしてアッシュは怒るのだが、笑いが収まることは暫くなかった。そしてそれを眺めるシルヴァンの目は優しく、愛情に満ち溢れているのだった。
「……アッシュ、やっと俺の元に帰ってきてくれたな……」
その日の深夜。帰宅したアッシュを労う軽い宴が催され、一通りの報告をした後アッシュはシルヴァンと久しぶりに二人きりの時間を過ごしていた。
シルヴァンは既に寝台の上に座り、アッシュはシルヴァンに寄り添うように座り手を繋いでいる。そのぬくもりが、ひどく懐かしくて、それだけで泣きそうになっていた。
「待たせてごめんなさい……でも、これで、やっと君の隣に立てるって、……君の役に立てたって自信が持てたんです」
「そっか」
シルヴァンの声はひたすらに優しかった。そしてその唇が、アッシュのやわらかな灰色の髪にいつの間にか触れていた。そのあたたかなぬくもりを感じて、アッシュの中にあったものが溢れてきてしまい、気が付けばアッシュは双眸から涙を流していた。
「アッシュ……どうした?」
「……す、すみません、……僕、思ってたよりもずっと……ずっと、君のことが恋しかったみたいで……」
あれほどに自分の感情を押し殺していた五年間という月日は、感情を麻痺させていたのだろう。ここに来て懐かしい感触に触れて、抑えていたものがこみ上げてきたらしい。アッシュの若草色の瞳からは、ぽろぽろと涙が次々零れ落ちてくる。
シルヴァンはそれを愛おしそうに指で掬い取りながら、アッシュの小さな唇に口づけを施した。それはほんとうに軽いものだったにも関わらず、アッシュは我慢しきれずに逆にシルヴァンの唇に噛みつくように口づけを返していた。
「ん、……ッ!」
声にならない声をあげたのはシルヴァンの方だった。そのままアッシュはシルヴァンの口内に舌を入れるとゆっくりと舐めとるように動かしてゆく。その意図を察したシルヴァンはすぐさまアッシュをベッドに押し倒し、より深く口づけを交わした。舌を絡め合う水の音がねっとりと響き渡り、互いの吐息が熱を持ち始めたころ、シルヴァンの手の甲がアッシュの耳元の髪の毛にそっと触れ、唇が離れた。
「……シルヴァン……抱いて、ください……」
掠れた声は、既に甘かった。シルヴァンの手の甲はそのままアッシュの耳元を撫でる様に優しく動き、もう一度軽い口づけをされる。それが、返事だった。
シルヴァンに暴かれた白い肌は、五年という月日で若干逞しくはなっていたものの、元の肉付きの関係もあってか矢張りシルヴァンに比べれば細く、白い肌は相変わらずだった。傷が増え、以前より逞しくなったとしてもその肌の美しさは損なわれてはいない。五年ぶりというのに、外気にさらされたとたんに乳首はすぐさま反応してぷくりと立ち上がる。それは半ば生理的な反応だが、もう半分はシルヴァンに抱かれ慣れていたからの反応だった。
「ああ、やっぱりここはすぐ欲しがるんだな……相変わらずだ」
「や、やめてください……そういうこと、恥ずかしいです……」
「恥ずかしがってるお前もかわいいよ、アッシュ」
「僕はもうそんな年じゃないですよ……」
「バカだな、俺にとってはお前は何年経ったってかわいいままのアッシュだ」
甘い囁きと共にシルヴァンはふっくらと膨らんだ乳輪ごと口に含んでくる。そして舌先を使い器用に乳首を刺激し、もう片方のあいた手でも乳首をつまみ、或いは潰すように刺激してきた。
「あ、ん……シルヴァン……もっと……」
「ああ……かわいいアッシュ……もっと、もっと可愛がってやる」
乳首をべろりと舐めてから歯で軽く噛まれて、アッシュは小さな悲鳴を上げた。自分でも驚くほどに甘い声が一気に出て、アッシュは顔を紅潮させる。
「相変わらず感度はいいんだな」
「ん……あ……あ……ッ」
言葉にならない声でアッシュは答えようとするのだが、シルヴァンが乳首への刺激を止めないためにどうにもならず、ただ腰を浮かして上体を晒す事しかできない。そうするとシルヴァンはアッシュの胸元をまるで女性のそれを揉むように寄せて、再び乳首に噛みついた。
「や、それ……やめ……!」
「いや、じゃないだろ?気持ちいいって、ココは言ってるぜ?」
ぐい、と股間を膝で刺激されて、アッシュはあられもない声を上げてしまった。ゆるく反応しているそこにシルヴァンは悪い笑顔を作り、手で触れてくる。
「なあ……ここも、してやろうか……?」
「あ、そん……な、両方、され、たら……」
口では乳首を刺激し続けるまま、シルヴァンはアッシュの下着ごと脱がして下肢をあっという間に露わにするや、半ば勃ちあがりかけているアッシュのものをゆっくりと扱き出した。
「やぁ、あ……久しぶり、な……の……に……ッ!」
言葉とは裏腹にアッシュは無意識に下肢をシルヴァンの方へと向けてしまう。それを良いことにシルヴァンは手淫を続け、乳首から口元を離すととろとろと先走りが漏れている先端部分を口に含んだ。
「だ、ダメ……です……!」
慌ててシルヴァンを制止しようと上体を起こしてその頭をどかそうとするが、弱点であるペニスを握られてしまっていて力も出ず、アッシュはくたりとそのままシルヴァンの方へ身体を倒してしまった。
「ああ……久しぶりだからな……たっぷり愛してやるよ……アッシュ……」
互いの顔が近づいたのをよいことに空いている手のひらで耳元にかかったアッシュの髪を退かし、甘い声でシルヴァンは囁く。それだけでも前と後ろとが疼いてきて堪らなかった。
「腰、動いてるぜ」
「は……や……ッ」
声にならない声で、アッシュは限界を感じていた。そうでなくとも五年間節制してきていて、セックスどころか自慰もしていない――それは、シルヴァンを思い出してしまうからだった。自分で慰めたところでそこにシルヴァンはいないし、切なくなるだけだったからだ。シルヴァンの手淫の速度が速くなり、亀頭を刺激されると、アッシュはあっけなく達してしまった。シルヴァンの手がアッシュの精液にまみれているのがわかり、アッシュは再び顔を紅潮させる。シルヴァンはそれを見せつける様にぺろりと舐めとってから、アッシュの後孔へと指を近づけた。
アッシュもまた我慢の限界で、早くシルヴァンが欲しかった。だから何も言わずにシルヴァンにされるがまま、後孔を解されていた。
「あ……ぅん……シルヴァ……ン……」
「気持ちいいか……?」
「いい……もっと、奥……」
「ああ、もっと可愛がってやるよ」
べろりと腹部を舐められながら、後孔に精液と唾液の混じったものが塗りたくられてそこがゆるゆると広がってゆくのがわかる。胎内の媚肉は既に熱を欲して蠢いていて、アッシュはたまらずシルヴァンの指に後孔をこすりつけるような動きをしてしまった。
「……あー……お前、ほんっと……やらしい……」
溜息のようにシルヴァンが言うや、後孔にずぷりと指が挿入される。
「ん……っ」
「……こんなんじゃ、足りないよな?」
アッシュの甘い声に、シルヴァンはすぐさま指を二本に増やし、胎内でバラバラに動かす。そして一瞬かすめた箇所に変じたアッシュの様子に笑みを作ると、指をもう一本挿入してそこを執拗に刺激し出した。
「あっ、あっ……ん……っ、や、です……そん、なに……!」
「いや、じゃないだろ?気持ちいいんだろ?」
「ん……きもちい……でも……」
シルヴァンのどこか意地の悪い言葉に素直にアッシュは涙を浮かべた目で訴える様に呟いた。
「君のが、欲しいです……指じゃなくて……君の……熱いのが」
シルヴァンが再び大きなため息をつく。
「お前、それ、無意識か?だったら本当に性質が悪いぞ?」
言いながらもシルヴァンは自らも下半身の衣服を下着ごと乱暴に脱ぎ捨てて、赤黒く勃起したペニスを取り出した。その大きさと、脈動する気配にアッシュはごくりと唾を飲み込む。これから、これが自分の胎内に入るのだと思うと、胸の奥がどきどきとして堪らなかった。熱が倦むように下腹部を覆ってきて、早くその狂暴なもので犯してほしいと願った。
「シルヴァン、早く、……君の、ください……」
「……あぁ!もう、わかったよ!まったく、お前は……!」
じれったさをかなぐり捨てるような言い方で吐き捨てると、シルヴァンはアッシュの腰に手を掛けてペニスの先端部分を押し付けると、それだけでアッシュの腰が跳ねた。シルヴァンは最早容赦をしないといった風にそのまま勢いをつけてアッシュの胎内へペニスをねじ込んでゆく。
「あーっ、あっ、んっ、入って……入ってくる……君の……熱いの……っ!」
アッシュは刺激から逃れる様に腰をのけ反らせるが、シルヴァンはがっしりと腰を押さえつけて身体を押し進めた。そのままぐいぐいと肉壁を貫いてゆくたびにアッシュの甘い嬌声が響き渡る。
「もっと、奥、くださ……奥にほしい……」
「ったく、久しぶりだから加減してやろうって思ってたのに……」
シルヴァンも限界だったのだろう。アッシュの腰を固定するや、肌と肌がぶつかる音がするほどにペニスの抜き差しをし始めた。
「あっ、んっ、あっ、やっ、奥っ、奥に……ッ!」
「ああ……沢山、やるよ……アッシュ……!」
互いの肌のぶつかる音と水音が淫らに響き、アッシュの顔は涙と汗とでぐちゃぐちゃだった。それでもシルヴァンにしがみつき、振り落とされないようにと必死だった。白い喉と胸元がのけ反り、シルヴァンの腰元に交差した足がビクビクと痙攣する。アッシュのペニスからはとろとろと透明な汁が流れ出ていて、自分が後ろだけでイってしまったのだと自覚した。だが、それでもシルヴァンの動きは収まらない。まだシルヴァンはイってないのだ。シルヴァンの動きは乱暴に加速してゆき、胎内の熱が膨張している。
「あぁ……シル、ヴァ……、そんな、……され、ると……また……!」
「いいから、イッちまえよ……俺も、お前の胎内に……出したい……」
「はい……君の、たくさん……中に、ください……」
涙と汗だらけの顔でアッシュが微笑むと、シルヴァンは一瞬苦虫を嚙み潰したような顔をしてから、腰の動きを速めた。穿たれる都度アッシュのペニスからは液体が漏れ、漏れる甘い声を抑える様にシルヴァンに口づける。シルヴァンもアッシュの口内で舌を絡め合いながら腰を動かし、その痩身を強く抱きしめながら、アッシュの最奥へと精をたっぷり吐き出した。
「ああ、アッシュ、本当に、ここにいるんだな……」
あれから何度も互いに求め合い、抱き合って、二人とももう限界だった。今は裸のままベッドの中で抱き合い、シルヴァンは愛おし気にアッシュの髪を梳いている――シルヴァンはそれが好きなのか、セックスのあとは必ずと言ってよいほど髪に触れてくるのだった。
「……はい、ちゃんと、帰ってきましたよ。君の隣に立てる様になって」
アッシュの声は干からびていて、少し水を飲んだがそれでもあまりかわりはなかった。それでもそのかすれた声が愛おしく、シルヴァンは汗の浮いている額に口づけを落とす。
「報告書をざっと見たけど、やっぱりお前は本当にすごいよ。スレン王の評価も高かったし、何よりスレンの住人たちと融和もしたってんだからな」
「……それは……君がきっと、ちゃんと土台を作ってくれていたからです」
ああ言えばこう言う、とはこういうことを言うのだろうか。素直に褒め言葉を受け取っておけばよいのに、と思いながらも、シルヴァンはそういうアッシュを好んでいるのだから仕方ない。もう一度口づけを、今度は鼻先に落としてから言葉を続ける。
「お前じゃなきゃできなかったことだよ……お前と、お前の部隊じゃなきゃ、絶対に無理だった」
「そんなことはないですよ」
「いや、何回も言ってるけどな、お前のその、……なにものにも囚われない価値観は美点なんだぜ。俺がお前に惚れた理由も、それだからな」
そう言って再び手の甲で頬を撫でると、アッシュは押し黙ってシルヴァンの胸に額を押し付けた。きっと照れているのだろう。
「アッシュ、俺のアッシュ……愛してる。……もう、離さないからな」
腕の中にきつく抱きしめると、アッシュはされるがままになり顔だけを上げた。そこには、あまりにもきれいな笑顔があった。
「はい、僕も君のことを……愛してます。もう離れなくていいんですよね?」
若草色の瞳はまっすぐで透明だった。シルヴァンはその瞳に射抜かれた瞬間を、思い出した――あれはまだ学生時代のころだ。あれから何年経っているだろう。それでも、アッシュは全く変わらずにシルヴァンをこうして簡単に射抜いてくる。だから、愛おしく、そして大切で仕方がないのだ。
「ああ、もう、離さない。離れなくたっていい。お前はゴーティエの大事な人間なんだ。絶対に離さない」
それは、何よりも自分自身への誓いだった。これからアッシュをゴーティエに迎え入れるにはそれなりに苦労もいるだろう。だが、アッシュはスレンとの和睦、融和という偉業を既に成し遂げている。だから何者にも、たとえ家族にだって文句は言わせない。
シルヴァンが人生において最も必要だと考えている人間はアッシュ一人だけなのだから。
胸の中で一人誓いながら、愛しい身体をシルヴァンは抱きしめなおすのだった。