君が光に変えてゆく

 アッシュ=デュランにとってセックスは対価を得るための手段だった。
 幼かったころの記憶。誰とも知れぬ男に差し出した身体は決して綺麗なものではない。けれども、そのかわりに弟や妹たちの腹を満たすことが出来た。だからアッシュはそれを繰り返した。セックス、という言葉も知らず、ただそういった行為は金を産むのだということだけを覚えて、繰り返した。時に傷を負うこともあったし、痛い目に遭ったこともあった。暗がりに閉じ込められ、何人もの男に犯されたこともあったーーあれは恐ろしくて、二度と経験したくはないけれど。
 けれども最終的にはその手に握られた対価は、いつだって弟や妹たちの腹を満たしたのだ。
 だから、アッシュにとってセックスというのは手段だった。



 シルヴァン=ジョゼ=ゴーティエにとってセックスは快楽を得るためのものであり、同時に憤りを晴らすためのものであった。彼のゴーティエの血を欲しがる女が幼いころからシルヴァンに群がり、シルヴァンにしてみればそれは酷く醜く見えた。甘い白粉の匂いも、赤い口紅も嫌いだった。女そのものを憎んでいたのかもしれない。その憎しみが、セックスに繋がっていた。気持ちの良いことは楽しい。そう割り切る様にしただけだった。ただ、それだけのことだった。
 だからセックスに意味などはない。意味など、ない筈だった。



   まだその手に兄を屠った感触が残っている――兄の苦悶の表情が忘れられない。兄は最期、何を思ったのか。詮無き事だが、ついつい考えてしまう。それを親友たちに悟られまいと、シルヴァンは課題が終わるや早々に部屋に引っ込んだ。けれども、そうして一人でいるとただ悶々と考えてしまう。兄の事を、兄の、最期のことを。本当ならば家督を継ぐはずだった兄からは憎まれて当然だったし、それを享受してきた。それを享受してきたからこそのやつあたりが、女性に向かっていたのかもしれない。そう思うとゾっとすると同時に、自分のひねくれた根性に嫌気もさす。気分転換でもしよう、とシルヴァンは部屋の扉を開けると、廊下に見知った顔があった――あれは、一節ほど前に抱いた女だ。その纏う空気から決して良いものではないという直感がシルヴァンの中に生まれ、そそくさと廊下を立ち去る様に、女の目を見ないようにシルヴァンは速足で立ち去ろうとした。けれど女はそれを許してはくれず、シルヴァンの名を呼ぶ。その声とその音は呪いだった。自分に向けられた明らかな呪詛だ。シルヴァンは脚をなおも速めて階下へと転げ落ちるように書けて、何時も逃げ込むアッシュの部屋へと向かった。
 そこはシルヴァンにとってみれば協会のようなものだった――罪びとであれど、教会に逃げ込めばその罪から逃れられる――そんな都合のいい場所などあるはずもないのだが、シルヴァンにとって、アッシュの部屋はまさにその通りの場所だったのだ。

「アッシュ、たすけ……匿ってくれ……!!」

 内心のどろどろとしたものも、先ほどまでの鬱屈も、悩みも、気分の悪さも、アッシュの顔を見れば霧散する。そんな気すらしていた。
 アッシュという少年は、それほどまでにまっすぐで、シルヴァンにとっては眩しかったのだ。



「またですか?もう、何度目になるんですか……いい加減心を入れ替えないと、本当に刺されますよ」

 呆れたように溜息を落としながらも、シルヴァンを迎え入れてくれる。事実アッシュは誠実で嘘が嫌いな真面目な気質だった。

「いやあ、助かったよ……。一度抱いただけなのに勘違いしちまったみたいでな……」
「勘違いさせるような行為をする君の言動が悪いと思いますけど」
「それは、ああ……まあ、……否定、できねえけど」
「君はそもそも、女の子が本当に好きなんですか?いつも疑問なんですよね。まるで揶揄うようにしか扱いませんし、本気で大切にしたい子がいたとも思えません」

 アッシュはこれでいて鋭い。アッシュの言っていることは、事実だった。何せシルヴァンは女性を恐れ、憎んでいるからだ。

「今回の件で俺が意気消沈したとでも思ったんじゃないか?それを機会に奪っちまおうとでも画策したんだろうな」
「そういう言い方は、よくないと思います。確かに君の兄であるマイクラン様の件は、君が気落ちするには十分ですし、僕だって励まそうと……」

 アッシュの言葉を聞いた瞬間、シルヴァンは無意識にアッシュを抱きしめていた。口よりも手が先に出た、というのは、考えてみれば初めてかもしれない。

「シルヴァン……?どうしたんですか、急に」

 それでも動じないアッシュもどうなのかと思うのだが、アッシュのぬくもりと今までの会話の割に柔らかい視線がシルヴァンの心の中をかき乱し、ぐちゃぐちゃにして、何が正しいのかもわからなくなっていた。

 ただ、目の前にいる存在に縋りたくなった。ただ、それだけだった。

「アッシュ……アッシュ、アッシュ……!!」
「シルヴァン?!」

 自分よりも一回りも小さい身体を抱きしめて、シルヴァンは泣いていた。何が悲しいのかも、わからなかった。ただ心の中が飽和してしまって、感情というものがよくわからなくなって、行きどころがなくなり、涙となり表に出てきたのだ。とめどなく涙を流すシルヴァンに、アッシュは最初は戸惑っていたのだが、やがてシルヴァンの背を優しくさすりだした。
 その温もりに、シルヴァンの涙は余計止まらなくなる。あたたかい――暖かかくて、優しい温もりに包まれて、シルヴァンは少しずつ落ち着いてきた。まだ手は震えてはいたけれど、呼気は大分収まってきた。

「アッシュ……その、……ごめんな」
「いいえ、大丈夫ですよ。言いたくないなら、何も言わなくていいです。落ち着くまでこうしてましょう」

 正直アッシュの言葉はありがたかった。女性への憎悪と兄への複雑な感情が入り混じったままの心は本当に泥のように醜くどろどろとしていて、アッシュに触れるなど本来ならばとんでもないとすらシルヴァンは思っている。けれども、それと同じくらい今はアッシュに触れて縋りたかった。これが、どういうことを意味する感情なのかもわからなかった。ただ、アッシュのてのひらの温度はあたたかくて柔らかくて、思わず縋りたくなってしまうものがあった。
 少し落ち着いてくると、今度はアッシュの体温が非常に愛おしく感じてきた――そんなことは、初めてだった。そもそもシルヴァンはアッシュのことを友人として好いてはいたものの、それだけだと思っていたからだ。けれども、今、気づいてしまった。自分はアッシュに求めているものが友情ではないということを。
 こうして触れているだけで幸せだ、そう思えるほど甘い感情でもないことに、気が付いてしまったのだ。
 すると先ほどまであったどろどろとしたものが再び心の奥底から沸き上がり、身体が動いてアッシュを寝台に押し倒す。
 アッシュは何をされているのか最初は理解できないという顔をしていたが、シルヴァンの目を見て何かを悟ったのか、抵抗もせず、ただ優しくシルヴァンの頬に触れた。

「シルヴァン。僕を抱いて気が済むのなら、抱いてください。大丈夫ですから」

 アッシュの口をついて出た言葉は意外で、けれどもシルヴァンにとっては都合が良すぎた。都合が良すぎたために、シルヴァンは一瞬戸惑う。けれども戸惑うシルヴァンの頬を更に撫で、髪をそっと耳にかけてくる仕草は誘っているとしか思えなかった。若草色の瞳は弧を描き、唇はやたらと紅くやはりこちらも弧を描いている。投げ出された身体は抵抗もせず、シルヴァンの頬を撫で続けていた。

「アッシュ、お前、本当に、いいのか……?意味が、分かってるのか?」
「シルヴァンは、そのつもりじゃなかったんですか?僕はてっきり、そうなんだと思ってました。それが必要なんだと」

 それが必要、とアッシュは言った。必要、とはどういう意味だろう。考えてみても、よくはわからなかった。だが、アッシュに触れていると心の中のどろどろとしたものがなくなってゆく錯覚を覚えるのは確かだったから、アッシュを抱けばもしかすればそれがなくなるかもしれない。そう希望を持ったシルヴァンは、アッシュに言われるがままに唇と唇を重ねる。暖かく、薄い唇を軽く噛むと、舌が入り込んできた。二人の舌が絡み合い、唾液が混ざり合う。アッシュの両手はシルヴァンの肩に置かれて、シルヴァンは性急にアッシュの制服を脱がしにかかった。
 口づけを交わしながら二人はやがて上半身を晒し合い、アッシュはシルヴァンの逞しい肉体にほう、と溜息を落とす。一方シルヴァンはといえはアッシュの白い肌と、そこにぽつんと存在する薄桃色の乳首に目が釘付けだった。シルヴァンはおそるおそるアッシュの胸元に手を伸ばし、その頂点に触れると、アッシュの口から甘い声があがった。

「あんっ……そこ、は……」

 甘い声に誘われるようにこねくりまわすように動かすと、乳首がぷっくらと膨れてきて、存在を主張する。併せるように乳輪も膨らみ、まるでそこだけが別のもののように思えて、シルヴァンは気づけばもう片方の乳首に口を寄せていた。

「うあぁ……や、……両方……」

 円を描くように乳輪を散々舐めまわしたあと、ぷっくりと立った乳首をカリ、と噛むと更に甘い声が降ってくる。

「やぁんっ、噛まないで……っ!」

 声と共にアッシュは胸を突き出し、それをよいことにシルヴァンは乳首を愛撫する手を速めた。一方はちゅぱ、と音がするほど吸い付いてから離し、もう一度食らいつくように唇を寄せる。それを繰り返すだけで、アッシュの腰がゆらめき、甘い声が都度振ってくるものだから、シルヴァンの下腹部はいよいよ熱を持ち我慢が利かなくなってきていた。

「乳首、ばっかり……やめ、て……やぁ……」

 シルヴァンはそれでも無言で乳首への愛撫を繰り返していた――まるで赤子のようにアッシュの乳首に吸い付いて離さず、もう片方の乳首も転がしたりつついたりと愛撫を止めない。そのうちアッシュも限界がきたのか、いっそう高い声を上げるとふるる、と身体を震わせてシルヴァンに凭れ掛かってきた。

「ぁ……も……やだ……」
「……もしかして、胸だけでイったのか?」
「言わないで、ください……」

 弱弱しい声ながら、色の残るそれにシルヴァンは尾てい骨からぞくりとした熱が這い上がってくるのを感じた。獲物を見つけた牡のように。
 改めてアッシュを見れば、制服を中途半端に乱されて胸が露出し、乳首は紅く染まり胸元にもシルヴァンが落とした口づけの後が幾つもある。そしてシルヴァンの唾液でてらてらとひかっていてひどくいやらしかった。
 シルヴァンはごくりと唾を飲み込む。アッシュはれっきとした男だ。けれど、今シルヴァンは性的に興奮していた。ペニスは早く解放してほしいとはちきれんばかりに下着の中でぱんぱんになっているし、シルヴァン自身が息を乱し、どうしようもなく興奮していた。
 それほどに、目の前にいるアッシュはいやらしく、そして艶めいていたのだ。

「アッシュ……!!」

 噛みつくように口づけると、応えるように唇が開いて舌が絡まる――まるで示し合わせたように。
 もう、我慢がならなかった。シルヴァンは急いで下肢を寛げると、己の欲望を剥き出しにした。それを目の当たりにして、アッシュは一瞬声を失ったのか目を見開くが、再び緩やかに弧を描く。

「よかった、僕でも勃ってくれて」

 よかった?よかったとは、どういう意味だ?言葉にする前に、シルヴァンはアッシュの下肢に手を掛けて、衣服を脱がしにかかった。面倒な服を着ているな、と思いながらも性急に脱がすと、アッシュの愛らしいペニスも先走りで濡れそぼり、てらてらといやらしく光っている。それを見た瞬間、今すぐ食べてしまいたい、とシルヴァンは沸騰した脳みそで考えてた。

「や、シルヴァン……!!」

 そしてその通りに行動した。ぱくりと咥えたペニスはアッシュの味がした。甘じょっぱくて、旨い――よくはわからないが、ずっと味わっていたいと思える味だ。睾丸を揉みしだき、裏筋を丁寧にそれは丁寧い舐めとって、舌を這わせる。舌で触れたところがないといわんばかりにアッシュのペニスを味わったあとは、亀頭部分に吸い付き、カリリ、と刺激を与える。

「あぁんっ、シル、ヴァン……!!急に、やめ、て、くだ、さ……!」

 急速な刺激に、アッシュは身体を捩り快楽から逃れようとするが、シルヴァンはそれを許すわけがなく、雀斑の散る鼻先に口づけを落としながらアッシュの両手を寝台に縫い付けるように重ねた。そして再びペニスへの口淫を再開する。

「や、あ、……はぁん……っ、でちゃ、……でちゃうからあ!!」

 出してくれていいんだけどな。心の中で思いながら鈴口に唇を寄せ、じゅううっと吸ってやるとアッシュは再びカン高い声をやり気をやってしまった。

「もうっ……君ばっかり、狡いです……」

 何に対して憤慨しているのかはわからなかったが、怒っている顔も愛らしいな、とシルヴァンは思った。そう、アッシュは可愛らしいのだ。その辺の女の子たちなんかよりもずっと、愛らしかった。可愛い弟分だと思っていたけれど、それだけではなかった。性愛の対象としても、欲していたのだ。欲と愛情が重なる経験がないシルヴァンは、そこがよくわからず混乱したままだったが、それでも目の前のアッシュが愛おしくてたまらなく、無意識に抱きしめていた。

「ちょ、っと、シルヴァン!どうしたんですか!」
「どうも。ただ、こうしたかっただけ。お前、いいにおいがする……」

 甘えるように首元に鼻を摺り寄せてその匂いで肺を満たすと、涙が出るくらい心が満たされる感じがした。
 アッシュも最初は戸惑っていたようだったが、シルヴァンがアッシュを離す気がないとわかると、背中をゆるく、やさしく撫でだした。その感触が優しくて、シルヴァンの瞼から涙がぽろりと零れ落ちたのだった。



「シルヴァン、まだ君は出してないんでしょう。今度は僕の番です」

 抱きしめ合ってからそうまもなく、アッシュは真顔でそんなことを言ってのける。シルヴァンとしてはこのまま寝入ってしまってもよかったのだが、アッシュが頑なに言うことを聞かない。そしてシルヴァンの身体に乗り上げると、下肢を覆っている衣服を脱がしだした。案の定アッシュへの刺激と痴態で反応しているシルヴァンのペニスは窮屈そうに顔を出し、どくどくと脈打ち、早く獲物を、と欲しがっているのは一目瞭然だった。

「もう、……こんなになってるじゃないですか。ダメですよ、こんな状態で寝ようだなんて」

 言うが早いか、アッシュはシルヴァンのペニスに恐れをなすこともなく手を伸ばして手淫を開始した。器用で細い白い指先がグロテスクなほど赤黒くなっているペニスに絡みつく様は異様にいやらしくて、シルヴァンは思わず唾を飲み込んでしまう。与えられる刺激も丁度良く、強すぎず弱すぎず緩急をつけてくるからたまらなかった。

「う、あ……アッシュ、なんでお前、そんなに……巧いんだよ……」
「ふふ、秘密です。今度こんなことがあったら、教えてあげてもいいですよ」

 その笑顔が愛らしすぎて、シルヴァンはそのままその顔に射精してしまいたいという欲求を堪えるのに必死だった。そもそもがアッシュがこんなに性技に慣れているのもよくわからない。僕で勃ってくれた、と喜んだ意味もわからない。そもそもこの行為を必要だとしている意味だって、わからなかった。わからないことだらけだが、身体は正直だから、アッシュの与えてくる快楽に反応してしまう。

「ア、アッシュ、悪い、でそ……」
「いいですよ、そのまま出してください」
「い、いいってお前……」

 戸惑う間もなく、手淫の速さが上がり、しこしこと素早くペニスをさする音が聞こえる。精感が一気に高められ、シルヴァンはそのままアッシュに向かって思い切り濃い精液を射精してしまった。
 どろりとしたものが、アッシュの顔と胸元にへばりつく。

「たくさん、出ましたね……」

 それをアッシュはぺろぺろと舐めてとってゆくものだから、シルヴァンは呆然とその有様を見ているしかなかった。まるで慣れている娼婦のそれだ。まだ幼さが残る顔に自分の精液がかかっていること、ぷっくらと膨らんだ乳首にも精液がへばりついていること、身体が未発達の白い肌にべっとりと欲望の象徴がかけられていること、すべてがいやらしくて、艶っぽくて、シルヴァンのペニスは再び首を持ちあげていた。

「シルヴァン、また元気になってきましたね。じゃあこんどは、いっしょになりましょうか……。僕も、シルヴァンと一緒になりたいです」
「どうして」
「シルヴァン?」
「どうしてだ?」

 それは、純粋な疑問だった。好き合っているのならば、セックスに合意して行為をするだろう。けれどもシルヴァンはアッシュからはっきりと好きだという言葉を聞いたことはない。否、好意はもってくれているかもしれないが、その好意と性愛を伴うそれとは別だろう。だから、このまま流れてアッシュを抱いてしまうのは何か違う気がしていた。

「どうしてって。好きだからに決まってるじゃないですか。それに。君には慰めが今は必要です」
「同情なのか」

 さあっと身体の温度が冷めてゆくのをシルヴァンは感じていた。好き、その言葉に嘘はないだろう。けれども、慰めと言われるとそれは違うと言いたい。こんな手段で慰められても、嬉しくはない。本当に欲しいのはアッシュだ。確かにアッシュが欲しい。けれど、こんな形で欲しいわけではないのだ。兄を屠ったままの血まみれの手で一方的に愛したくはない。愛し、愛されて、互いに必要として、段階を踏んでから――そんな少女めいたことを考えている自分に驚きながらも、シルヴァンは最後の一歩を踏み出すことはできない、と思った。

「同情だっていうならお断りだ。俺だって男だし、いい大人だ。自分の問題くらいは自分でカタをつけられる」
「そういう大人の顔じゃなかったですよ、さっきの君の顔は」

 けれども、シルヴァンの決意はあっさりとアッシュの前では霧散した。アッシュはこれでいて聡明な少年だ。学がなかっただけで、要点を教えればすぐさま砂が水を吸い込む様に吸収するし、だからシルヴァンはアッシュに物事を教えるのが好きだった。ロナート卿もきっとそれを知ってアッシュに学びを得る機会を与えたかったのだろう。そうしてあれこれと関わっているうちに、相手は男だというのに本気になってしまっていたのだ。

 アッシュが笑うと嬉しい。
 アッシュが隣にいるとくすぐったいが幸せだ。
 アッシュに触れていると心が落ち着く。
 そんな、子供みたいな恋愛をこの年になってシルヴァンは知った。それまで、シルヴァンは恋愛というものを知らないできたのだ。

「シルヴァン、僕を使ってください。君は僕によくしてくれてます。色々教えてくれるし、お世話にだってなってます。けれど、僕は何も返せない。だったらせめて、こういうときくらいは」
「アッシュ、もっと自分を大事にしろよ……!!」

 半ば抱いたようなものなのに今更だが、シルヴァンは悔しくて、悔しくて仕方がなくてアッシュを抱きしめて叫んだ。どうしてだ。どうしてそんなに自分を蔑ろにできるんだ。セックスは、身体は、そうほいほいと差し出してするものじゃない。シルヴァンにしてみれば快楽の一つでしかないのに、そう思っていたのに、今はそうは思えない。アッシュを知ってしまって、半ば抱いてしまって、気が付いたのだ。セックスは、そういうものではないのだ、ということを。想い想う心があればこそ出来ることなのだと。そうれなければ快楽も幸福も得られない――そう、シルヴァンはセックスによって快楽は得たことはあっても、幸福を得たことはなかった。だからせめて、アッシュには幸福を得て欲しい。本当に好きな相手と初めてをして欲しい。半ば奪ってしまって都合の良い願いだが、シルヴァンは自分より一回り小さな身体を抱きしめながら願った。

「アッシュ、お前には……幸福になってほしいんだよ」
「僕は、幸せですよ?シルヴァンの心を慰められることに、僕の身体が役に立つのなら」

 だから、その言葉を聞いてシルヴァンは耳を疑った。

「アッシュ……本気で、言ってるのか?」
「本気じゃなかったら、最初から手を出していません。君に必要なのは、温もりです。君は泣いていたじゃないですか。僕の前で、無様に、何もとりつくろわないで、ただただ、幼子のように。だから僕は、君を抱きしめたくなったんです」
「アッシュ……それって……。俺が、都合がいいように、受け取って、いいのか」

 心臓がうるさい。まるで爆発しそうだった。荒れ狂う波の如くに暴発しそうになっている。こんな都合のいいことがあってたまるかと内なる自分が叫ぶ。けれども一方では、抱いてしまえと囁く自分がいる。だって獲物は自分から飛び込んできた。それも、望んで。だったらいいじゃないか。否、そうじゃない。アッシュは自分を心配して、慰めようとしているだけだ――堂々巡りがシルヴァンの頭の中で繰り広げられたのは、多分一瞬だった。
 アッシュがにこりと笑ったそれを見た瞬間、シルヴァンはアッシュを再び押し倒して唇を重ねていた。はぁはぁと荒い呼気を繰り返しながら、獲物を捕らえた牡は牝を食らう。

「アッシュ……アッシュ……アッシュ……」
「はい、僕は、ここに、いますから」

 恥も外聞も捨てて、シルヴァンはアッシュを貪った。唇も、頬も、鼻も、首筋も、鎖骨も、胸も、臍も、内股も、腿も、足裏も、全てを舌で舐めまわし、吸い付くし、己の焼き印を押した。これは俺のものだという印をあちこちに散らした。そうしてから、アッシュの最奥のすぼまりに手を伸ばす。皺と皺の間をより分けるように広げると、アッシュがびくりと震えた。けれどもそれはおそろしさではなく反射的なものなのだと、アッシュの表情でわかる。アッシュの若草色の瞳は蕩けていて欲に濡れていた。何よりその笑みが、シルヴァンの行動を性急にさせた。

「アッシュ……アッシュ……俺の……アッシュ……」
「シルヴァン、大丈夫ですよ、僕は、ここにいますから……んっ」

 異物感に声を上げるアッシュと、アッシュの後孔にシルヴァンの人差し指が入るのとは同時だった。アッシュの胎内は蕩けるように熱くて、滑っていて、そして優しい。シルヴァンはそのまま人差し指と中指を後孔に入れてアッシュのよいところを探る。

「シルヴァン……もう、少し……あんっ、そこ!!」

 アッシュの身体がびくりと跳ねた瞬間、シルヴァンの指先がアッシュの前立腺を掠めたのだろう。カン高い声がアッシュの口から洩れる。

「やんっ、そこっ、おかしくなる……!!」

 甘く、甘い声はシルヴァンを狂わせた。思考回路を止めた。シルヴァンはひたすらに前立腺を刺激してゆく。アッシュはその度にびくびくと身体を震わせ、のけ反らせて快楽をどうにかして逃がそうと必死だった。

「やだぁっ、シルヴァン……はやく、挿れて……ください……このまま、イきたく、ない、です……」

 ずん、と腹の底に響くような甘い声だった。その声と言葉が、シルヴァンのペニスに熱を持たせた。急速にそそり立ったペニスはグロテスクで大きい。けれども臆さずにアッシュはシルヴァンのペニスの先端部分を愛おしそうに撫でる。

「はやく……シルヴァンのおっきなおちんちん、いれてください……」
「ああ……」 

 この感覚を、言葉にはできなかった。ただ、歓喜に包まれてたのだけは確かだ。アッシュの後孔に先端部分を宛がうと、アッシュから甘い声が漏れる。それもまた歓喜の声だ。シルヴァンはアッシュの細い、まだ未発達の腰をつかむと思い切り串刺しにするようにペニスを押し込んだ。

「あぁああああんっ!来てるっ、すごい、熱い……!!」

 いっそう高い声でアッシュが鳴いて、その胎がぽこりとシルヴァンのペニスの先端の形に膨らんだ。一気に最奥まで貫いたのだ。

「奥まで……届いてる……」

 たどたどしい幼い声が、耳に毒だった。もどかしそうに動くアッシュに口づけを落としてから、シルヴァンはアッシュを抱えなおすと律動を開始した。

「あんっ、あんっ、シルッ、ヴァンッ、すごっ、ぅ、すごいっ!!」

 かくんかくんとシルヴァンの動きに合わせてアッシュの上体が振り子のように動く。その都度汗と体液が飛び散り、シーツがぐしゃぐしゃになる。けれどもシルヴァンはなりふり構わず、ひたすらにアッシュの胎内に己の楔を打ち込んだ。何度も、何度も、忘れることが出来なくなるように、何度も、繰り返して。
 やがて射精感が高まりはじめ、シルヴァンはぶるぶるとふるえながらアッシュの胎内に思い切り精液を吐き出したのだった。
 その瞬間は、まさに至福だった。味わったことのない多幸感がシルヴァンを包み込み、それは光にも似た何かで、シルヴァンは目を開けていられなかった。



「アッシュ、アッシュ……大丈夫か?」
「大丈夫ですよ、これくらいでへたれたりはしませんから」
「けど、俺、思い切り出しちまって……途中から、お前の事考えてなかった。あれだけグダグダ言ってたのにな」
「いいんです。乱暴にされるより、よっぽど」
「アッシュ……」

 アッシュの物言いは、どこかいちいちひっかかるのだ。まるで抱かれ慣れているかのように、しかも、男に。そのうえこの分では恐らく乱暴に扱われていることに慣れている、のだろう。最悪の想像をして自分のことでもないのにぶるりと身体を震わせると、世界中の全てからアッシュを守ろうとするかのようにシルヴァンはアッシュを頭ごと抱きしめた。

「やんっ、まだシルヴァン、君、胎内に入ってるんですよ、動かないでください」
「ご、ごめん、ただ……お前をもう、離せないなって思ってな」
「……そんなことはないですよ」
「……いや、俺が、離したくないんだ……俺は弱いからさ……お前がいないと、きっと、ダメだ」
「そんなことは、ないです」

 アッシュは笑みを作って断言するが、シルヴァンはそうは思わなかった。この先きっと、自分はアッシュがいないと駄目になってしまうだろうと安易に予想がついた。アッシュがいなければ、再び兄を屠った血に塗れた手で女を抱くだろう。繰り返し抱いて、捨てるだろう。きっと、否、必ずそうなる。そうならないためにアッシュが必要だ。何よりシルヴァンはアッシュが好きだった。アッシュがいない世界など考えられなかった。どちらの意味でも、アッシュがいなければ、シルヴァン=ジョゼ=ゴーティエという人間はフォドラに存在しえない、きっと。そこまでシルヴァンは考えていたのだった。



 翌節、アッシュは己の育ての親であるロナート卿を討ちとった。
 アッシュの落ち込みぶりは見ていて哀れになる程で、青獅子の学級の皆もどう接していいのかわからず、ただアッシュがいつも通りにしているから敢えて触れないようにしているだけで、心の底から心配していた。アッシュと交友を深めていたドゥドゥーなどは気を遣い植物園に連れて行って作業をさせたり、金鹿の学級のイグナーツや黒鷲の学級のペトラまでもがアッシュが好きな釣りに誘うなど、他学級の生徒もまたアッシュに気を遣っていた、それはアッシュの人徳のなすところなのだろう。
 シルヴァンは自分が力になれないことが悔しくて、指先を噛みちぎりそうなくらい強い力で指先を噛んでいた。無意識に力が入っていたのか血がにじんでいたが、治療しようとするメルセデスを拒むほど、シルヴァンは己の無力さに情けなくなっていたのだ。
 自分はいったい、なにができるというのか。シルヴァンが同様に落ち込んでいた時、アッシュは抱きしめてくれた。セックスをしたが、あれは抱きしめる行為に等しかったと、今ならばわかる。幼い身体で、自分よりも年上の男を優しく抱きとめ、受け入れたのだ。
 そのアッシュが悲しんでいるというのに何もできない。否、何もできないと決めつけているのではないか。シルヴァンはそう思い、アッシュの姿を探した。
 アッシュは礼拝堂で祈りを捧げていた。信心深いアッシュのことだから、女神にでも祈っていたのか。けれども、アッシュの養父であるロナート卿をそそのかしたのは西方教会ではないのか。それでも女神に祈るのか、と疑念を持ちながらも、シルヴァンはアッシュに近づき、その隣に少しの間を置いて座る。

「シルヴァン……君も、僕を、慰めに?」
「……俺にはお前をどうやって慰めていいのかなんてわからない。抱けばいいのか、それもわからない。ただ、傍にいたいと思った。お前の悲しみを分かち合えるなら、分かち合いたいと思った。それでお前が救われるなら、何だってしたいと思った。けど、どれもこれもなんだか嘘くさくて、俺らしくなくて、どうしていいかわからないから、こうしてお前に会いに来た」

 すると、堪えきれない、という風にアッシュが突然吹き出したのだ。これにはシルヴァンも驚き、そして憤る。

「おい、俺はいたって真面目に……!!」
「わかります、わかりますよ!でも……そうですね、ありがとう、ございます。君が僕のことを、真剣に考えてくれたのがわかって、それが嬉しくて……でもなんだかおかしくて。なんでおかしいのかも、わからないんですけど。でも、こうして嘆いていてもきっとどうしようもないんだなって、思えました」
「そっか。それなら……よかった、のかな?」
「はい。それにきっと、落ち込んでばかりいたら、ロナート卿に叱られちゃうと思います。いつまでも落ち込んでたところで、物事は前には進まないですしね」

 シルヴァンはアッシュの言葉に呆気にとられた。自分は一人では、立ち直れなかった。アッシュの言葉と温もりがあってこそ、存在が在ったからこそあそこから立ち直れた。けれどもアッシュはシルヴァンのよくわからない言葉ひとつで一人で立ち上がった。アッシュは強い。そう、誰よりも、きっと、その心はまっすぐで強い――だから惹かれたのかもしれない、とシルヴァンは思う。
 もちろん、シルヴァンの言葉はきっかけだったのだろう。けれどもアッシュは立ち上がれた。そのしたたかさが、シルヴァンには眩しかった。

「アッシュ……」

 その細い顎を指先で掬い取り、唇を寄せる。ちゅ、と小さな音がして唇が重なった。

「シ、シルヴァン…?!誰が見ているかも、わ、わからないのに……!」
「キス、したくなったんだ。ダメか?」
「だ、ダメっていうわけじゃないですけど、その……時と場所を……考えて……ください……」

 だんだんと小声になるアッシュがおかしくて、シルヴァンはアッシュの頬に、額に、鼻先に、次々と口付けを落とす。宵闇に木霊する声は決して少なくはない。アッシュは慌ててやめてください!と抗議するが、面白がったシルヴァンはアッシュを横抱きにすると部屋へと連れて帰ろうとする始末だ。

「シルヴァン!は、恥ずかしいですから……!」
「何も恥ずかしがることはないだろう。それ以上の事だってしてるんだし」
「だから!そういうところが!」
「大声出すと人が寄ってくるぞ~」

 シルヴァンの揶揄うような声に思わず口に両手を当ててふさぐアッシュの様子が可愛らしく、シルヴァンは高らかに笑う。
 心から笑えたのは、本当に久しぶりな気がした。



 時間が経つのはあっという間だった。真冬の風が吹く星辰の節。今節は白鷺杯とガルグ=マク落成記念日があるちょっとしたお祭りが続く節でもあり、生徒たちは浮足立っていた。
 シルヴァンも例外ではない。アッシュとの仲はおおっぴらにしているわけでもないが隠しているわけでもなかったのだが、天下のゴーティエ御曹司が男に夢中だ、などという噂が立ってはよくないとアッシュは隠し通そうとシルヴァンに提案してきた。シルヴァンとしてはアッシュさえ隣にいてくれるのならばそんなことなどどうでもよかったのだが、アッシュはそうではないらしい。しかも北方ゴーティエはスレンと国境を挟んで隣接しており、破裂の槍を扱えるシルヴァンはどうしたってその血を残さなければならない義務がある。アッシュはシルヴァンがその義務を遂行することを望んでいるのだろう。シルヴァンとしてはそんなものはどうでもよいほどにアッシュを切望しているにも関わらず、だ。何度も説得した。けれどもアッシュは頷かず、自分は士官学校を出たら故郷でもあるガスパールに戻ると言ってきかなかった。シルヴァンが兄弟が気になるならば兄弟ごとゴーティエで引き取り面倒を見るといっても、アッシュは首を縦には振らなかった。
 そんなことがあり、少々ぎくしゃくとした関係になってしまいシルヴァンとしては今節が本当に最後の機会だと思っていた。その為に準備するものも準備した。これでアッシュを縛り付けられるかはわからない。それがたとえアッシュの本意でないとしても、それでも、シルヴァンにしてみればアッシュのいない世界などは考えられなくなっていたのだった。

「アッシュ」

 煌びやかな舞踏会の世界からアッシュを連れ出して、女神の塔へと向かう。風は顔を切り裂くように冷たかった。女神がまるで祝福を拒んでいるようだ、とシルヴァンは思う。けれども、後戻りはもうできない。

「シルヴァン、僕たちの事はおおっぴらにはしてないんですから、こういうあからさまなことは……」
「アッシュ、結婚してくれ。返事は今すぐじゃなくてもいい。けれど、俺は、俺には、お前が必要だ」

 言い切った、と思った。
 これで、もう完全に引き返せない。
 それでもいい。
 アッシュの答えを待つ時間はとても長くて、とても寒かった。事実、二人の間を冷たい夜風が幾度となく通り抜けていったろう。

「それは……何度も、出来ないと、言ったじゃないですか」
「どうしてだよ。フォドラじゃ同性婚は認められている。先生だってメルセデスと婚約の発表をした。二人は幸せそうだった。俺たちは、俺たちじゃ、ああはなれないのか?」

 必死だった。泣きそうだった。否、シルヴァンは泣いていた。熱い涙が頬を伝い、アッシュの小さな手を握りしめていた。けれどもアッシュはうつ向いたまま、何も言わない。
 やがてどれ程の時が立っただろう。いい加減冷え切ってきた身体を温めなければ風邪をひくだろう、という頃合いに、アッシュが顔をあげた。若草色の瞳はまっすぐ突き刺すようにシルヴァンを見据えていた。一瞬その光が恐ろしい、と思えるほどに強い光だった。
「シルヴァン。僕は、君の望みには答えられません。僕は子供を産めませんし、君の血は残さなければならない。同性婚は確かに認められているけれど、それは一部だけの話。こと北方では風当たりは強いでしょう」
「なんだよ、そんなもの。お前はそんなことが怖いのか?」
「話をそらさないでください。現実問題を言っているだけです。君は血を残す義務がある。それは、恋とか愛とか、そういう話はおいておかなければならないはずです」
「なんだよ!俺に愛を教えてくれたお前が、それを言うのかよ!!」
「……僕が……君に……?!」
「ああ、そうだよ。お前と出逢って俺は恋を知った。愛を知った。そして、共に居ることの歓びを知ったんだ。お前がいるから俺は何でもできた。戦えた。騎士のようにふるまうことだってできた。全部、全部、お前がいるからだ。お前がいない世界なんて考えられない。考えたくもない!」

 血を吐くようなシルヴァンの叫びに、アッシュはあっけにとられてしまった。まさかそこまでとは思っていなかったのだろう。

「けれど、シルヴァン……」
「でももだってもねえよ。俺に愛を教えたお前が、俺を拒絶する。そんなことがあってたまるか!そんな世界があるなら、滅んだってかまわねえよ!」
「シルヴァン……そこまで……」

 煌びやかな舞踏会の会場とは打って変わって、女神の塔は暗く、そして冷たかった。シルヴァンの声は天高く響いたが、それを女神が聞き届けたのかどうかはわからない。ただ、シルヴァンの目からは大きな涙がぼろぼろと零れ落ちていた。大の大人が、身も蓋もなく泣いていた。事実、なりふり構っていられなかったのだ。アッシュを失うくらいなら、死んだ方がマシだとすら思ったし、そんな世界なら憎むしかない。
 シルヴァンはアッシュを急に抱きしめた。強く、強く、ここから離すまいと、決して離すまいと抱きしめた。

「シル、ヴァン……痛い、です……!」
「ああ、痛いだろうよ、痛いだろうさ!俺だって心がズタズタだ。もうなにもかもボロボロだ。兄貴が破裂の槍を継げばよかったのに兄貴は紋章はなく俺に紋章があって、兄貴は魔物になっちまって俺が殺した。俺は呪いを受けた死神みたいに戦場で槍を振るうしかなかった。けど、けど、お前がいたから……お前がいたから、俺は人間でいられたんだ。それなのに、それなのにお前が俺を受け入れてくれなかったら、俺はどうすりゃいい?!また前に逆戻りか?!兄貴の影におびえて、兄貴の血に塗れた手で女を捨てるように抱いて、恨まれて、やがてどっかで打ち捨てられたように死ねばいいのか?!」
「シルヴァン。落ち着いてください、シルヴァン!!」
「これが落ち着いていられるか!俺にはお前しかいないんだ、……ほんとうに……お前しかいないんだよ、アッシュ……頼むよ……俺の傍にいてくれるって、いってくれよ……」
「……シルヴァン……」

 落ち着かせるためだったのかもしれない。ただ、それだけだったのかもしれないが、アッシュの唇がやさしくシルヴァンの唇に触れた。シルヴァンは目を見開く。その目からはまだぼろぼろと涙が零れ落ちていたが、小さな光が灯っていた。

「アッシュ……」
「約束は……まだ、できません。僕はガスパールに戻らなくちゃならない。恨まれて、石を投げられて、裏切り者と罵られても、守りたいものが、あるから。でも、それでも……。……それでもいいのなら、君に、手紙を書きます。毎日、書きます。届かなくてもいいから、その日にあったことを。よかったことも、わるかったことも。それで、いいですか?」
「アッシュ……!!」

 感極まる、というのは、きっとこういうことをいうのだろう。シルヴァンは再び涙を流しながらアッシュをきつく抱きしめた。

「シルヴァン、痛いですってば!」
「あ、ああ……ごめんな……けど、こんなに嬉しいことは、ないよ……そうだな。ゴーティエとガスパールは遠いけど、手紙のやりとりなら、できるもんな。そしてそのうち、俺はお前の家族をゴーティエに引き取る。これだけは絶対に譲らないからな」
「……待ってます、その日を。きっと、来ると、信じてます」
「アッシュ………」

 頑なだったアッシュの心が解けたのは、何がきっかけだったかはわからない。けれども、本当に格好の悪いところを見せてしまったなと少しだけ恥ずかしくなるが、アッシュがゴーティエに来てくれる可能性が生まれただけでもシルヴァンにとっては僥倖だった。

「それなら、これを渡しておく。お守り位にはなるだろうからな」
「これ、は……ゴーティエの紋章?!」

 シルヴァンがアッシュに手渡したのは、父から譲り受けた家紋の入った短剣だった。ファーガスで短剣を相手に渡すということの意味を、知らないシルヴァンではない。ディミトリが幼馴染の少女にそれを渡した話は笑い話でしかなかったが、今のシルヴァンは本気でアッシュの未来が開かれることを願っていた。この誠実で無垢な少年がこれ以上世界から傷つけられないように、身を守れるように――そういう願いを込めて、この贈り物を選んだ。

「親父から譲り受けたもんだ。だから、必ず返してもらわなきゃ困る。意味は、わかるよな?」

 ここまでくると、口の達者なシルヴァンの独壇場だった。アッシュは応えに窮し、はい、と小さく頷くしかなくなる。

「わかり、ました。……必ず、必ず、君の元に、行きます」
「アッシュ……!!」

 嬉しさのあまり、シルヴァンは再びアッシュに口づけをした。

「わ!だ、誰が見てるかわからないじゃないですか!だいたい君は、もう少し自分の立場を考えるべきなんですよ!」
「考えてるぜ、色々と、な。お前の事となるとおかしくなっちまうけど、それ以外なら金鹿の級長にだって負けない頭脳の持ち主だって自負もある。知ってるか?あいつと盤上遊戯での勝負は俺の方が勝ちが多いって」
「それは……しりませんでしたけど。でも、シルヴァン。本当に、後悔しないんですね?」
「バカ、後悔なんかするか。お前を手放しちまう方が、よっぽど後悔して死んじまうよ、俺は」
「ふふ、シルヴァンは物好きですね」

 ようやく冷たかった風が二人の隙間を抜けることがなくなった。アッシュはシルヴァンに寄り添い、そっと手を重ねる。そしてその頬に、もう一度口づけをしたのだった。

「女神様は、僕たちの願いをかなえてくれるんでしょうか?」
「どうだろうな。でも……いや、きっと、かなえてくれるさ」
「あれだけ不敬なことを言った君の願いなのに?」
「あ、あれは、言葉の綾といういか、いや、本気だったけど、……フォドラの女神さまはそこまで意地が悪いとは、俺だって思っちゃあいないよ」
「そうですね。……こうしていると、星空が綺麗です。寒いけど、もう少しだけこうしてていいですか?」

 アッシュはそういうと、ことりと首を傾げてシルヴァンの肩に預けた。腕が自然と絡まり、シルヴァンの腕はアッシュの腰に回る。

「ああ、そうだな……もう少しだけ、こうしていよう。なんだか、こんな平穏な時間は、これっきりな気がしてならないんだ」
「不穏なこと、言わないでくださいよ」
「……ごめんな。でも、なんだかそんな気がして、さ。だから、せめてこうしててくれよ」
「わかりました、シルヴァン。それから、ごめんなさい。君がそこまで僕のことを想ってくれていただなんて知らなくて、傷つけてしまって」
「んなことねえよ。俺が勝手に子供みたいにわめいただけだ。呆れたろ?」
「ふふ、ちょっとだけ、呆れました、でも……嬉しかった。嬉しかったです。誰かにこんなにも、求められるだなんて、……想像も、してなくて」
「そうか?お前なんか、結構もてそうなもんだけどな」
「何をどう見てそんなことを言ってるんですか。君の方がよっぽど……いえ、この話はやめましょう」
「ハハ、そうだな。少しだけ……こうしてよう。お前とこうしてるだけで、俺は幸せなんだ」



 それはまさに寝耳に水だった。エーデルガルトが戦争を始めたのだ。
 皆、手に武器を取り戦った。真っ先に形相を変えて飛び出したディミトリを追いドゥドゥーは駆けだしており、アッシュも必死に追おうとしたが見失ってしまった。あたりは狂乱に包まれ、鉄と楔と血と煙でいっぱいになった。アッシュは戦うという選択をやめ、怪我人の救助を最優先した。メルセデス一人では手一杯になってしまうだろうと思ったのだ。金鹿の学級のマリアンヌも必死に祈りを紡いでいるが、治癒の使い手が圧倒的に足りなかった。だからアッシュはせめてロナート卿に教わった薬草の知識を生かせないかとそちらへと向かったのだった。
 途中シルヴァンとすれ違ったが、言葉を交わす余裕はなかった。シルヴァンは破裂の槍を持ち、前線に向かうべき騎士だったから。それからは必死だったと思う。とにかく運ばれてくる怪我人の救助に奔走し、助からないとわかったものは切り捨てるしかなかった――それほどに、帝国軍は圧倒的戦力をもってガルグ=マクを計画的に攻めてきたのだ。
 やがて戦火が収まったころ、ガルグ=マクはボロボロだった。そして知らされた訃報――担任のベレスが大穴に堕ちて行方不明になったというのだ。それは生き残った生徒たちを意気消沈させるには十分だった。

「でも、きっと先生は生きてるわ。あれくらいで死ぬ先生じゃないもの!」

 治癒術を施しながらも最初に立ち上がったのは、アネットだった。持ち前の明るさで――空元気だったかもしれないが、周囲にそうだよね?きっと、大丈夫!と強く言い聞かせ続けた。やがてそのアネットの言葉が伝播してゆき、周囲は少しずつ、活気を取り戻してきた。帝国軍が撤退したこともあり、ようやく一息つけたのだった。

「だが、これからどうするんだ。大司教も行方不明なのだろう」

 現実を突きつけてきたのは、フェリクスだった。難しい顔をして、生徒たち皆の顔を次々と見やる。

「やれることをやるしかねえだろ。俺はゴーティエに戻って親父と一緒に戦う。スレンの連中もこれを機にフォドラに攻め込もうって考えるかもしれねえからな」
「私は教会に行こうと思うわ~。助けを求めている人は、たくさんいるはずだもの~」
「そうだね。メーチェ。私もそうする!」
「私も一度ガラテア領に戻り、戦力を立て直します。そして何としても帝国軍を打ち取らないと」
「そうですね。僕もガスパールに戻って、弟たちを保護したら戦線に復帰しようと思います」

 それぞれが、それぞれの道を選ぶこととなった。それは、皆がそれぞれ守るべきものがあるからだった。



「アッシュ、やっぱりガスパールに戻るんだな。弟達を保護したら、すぐ俺を頼ってもいいんだぜ」
「シルヴァン、その話はこの前の通りです。戦時中ですから手紙もちゃんと届かないかもしれませんが、ちゃんと毎日書きますから。僕は、ロナート卿の養子としての務めを、ちゃんと果たしたいんです」
「けど、お前、あそこじゃ裏切り者扱いじゃないのか」
「それもわかってます。けれど、そこから逃げてしまったら、本当に裏切り者になってしまいますから……」
「そっか」

 シルヴァンはアッシュを抱き寄せて、旋毛に口づけをした。少年は強い。そう。自分よりも、ずっと。彼の心配をするよりも、自分の心配をしたほうがいいだろう。やらなければならないことは、たくさんあるのだから。

「シルヴァン、こんな状態になってしまいましたけど……約束は守ります。手紙を毎日、書きますね」
「アッシュ、お前……」
「僕には、こんなことしかきっとできないから。でもきっと、それが君の役に立つんだったら何だってします。僕も、君が、好きですから」
「アッシュ、そのことなんだけどな。本当に、お前は、俺のことを」
「好きです、愛してますよ。君は僕が平民の……それも貧しい出であることを知ってもなお、普通に接してくれました。青獅子の学級の皆、そうですけど、こと君は僕にことあるごとに色んなことを教えてくれて……女癖が悪いことを除けば、本当に完璧な騎士様です」
「アッシュ、お前、それ本気で言ってるのか?あんなに無様なところを見せたのに」
「本気ですよ。君だって人間です、弱いところもある……でも、その性根はすごく素直で、真っ直ぐで、高潔で……僕が目指している、理想の騎士そのものです。弱いところがなかったら、きっと君に手が届くとは思わなかったけど、あの日、あの時、僕を頼ってくれて、それで……ああ、僕は君が好きなんだって。愛しているなって思いました」
「あの日って、兄貴を……」
「そうです」
「そっか」
「おい、お前ら、いい加減にしろ」

 二人の会話はフェリクスの溜息で中断された。二人はフェリクスのうんざりとした顔を見て、それから互いの顔を見合わせて吹き出す。戦いの最中のたったひと時だったが、少しだけ晴れやかな気持ちになれる瞬間だった。

「すみません、別れが惜しくて」
「フン、お前も言うようになったな。おい、シルヴァン、さっさとこいつの首根っこを摑まえておかないとどこかに行ってしまうかもしれんぞ。行動力の塊だからな」
「わかってるって、きっちり縄はつけといた。な?」
「な、そういう言い方は……!」
「もう、二人とも喧嘩しないでよ!恋人同士の喧嘩なんて見てて恥ずかしいだけだよ!」
「あ、アネット?!」
「そうよ~、二人とも、暫くの間は離れちゃうんだから、仲良くしないと~」
「メルセデスまで?!」
「二人の間のこと、気づいてないのはきっと先生と殿下だけだと思うわよ。それくらいシルヴァンはわかりやすいもの」

 イングリットの言葉がトドメだった。隠していたはずなのに、と顔を赤くしたり青くしたりするアッシュと、ああやっぱりバレてたか、と笑うシルヴァンが対照的で、その場にいた者すべてが苦笑いするのだった。



  「じゃあな。道中気をつけろよ、頼るところはあるのか?」
「一応……ガスパールはローベ伯が仮に収めているので、ローベ伯を頼ります」
「ローベ伯か、いい噂は聞かないんだがな……」
「けれど、弟たちを庇護してくれたのもローベ伯なんです。ですから、その恩義くらいは果たさないといけません。手紙は書きますから、心配しないでください」
「あ、ああ……わかったよ。アッシュ」
「はい?」

 皆それぞれが、それぞれの役目を果たすためにガルグ=マクを後にして、最後に残ったのはシルヴァンとアッシュだけだった。

「暫く会えないだろうから」

 言うと、シルヴァンはアッシュを抱きしめる。その感触を、忘れないように。その匂いを、いつでも思い出せるように。その声を、脳裏に刻む様に。

「シルヴァン……ごめんなさい。君の、望みに、答えられなくて」
「今更かよ。謝るこたねえさ。殿下が言ったように、五年後、ここで皆で再会しよう。それまで俺は、お前のことを想い続ける。お前のことを想って、頑張ってみるよ」
「はい。僕も、何かあったら君がくれた短剣を見て、君を思い出します。君が僕という存在を愛してくれていること、絶対に忘れません。だから、絶対に死ぬようなことはしません」

 死ぬ。その言葉が出てきてシルヴァンはぞっとした。だが、現実にはあり得ることなのだ。戦争が始まって、帝国軍は圧倒的な戦力を誇っている。ローベ伯が士官学校に通っていたアッシュを戦場に駆り出さない理由はない。

「ああ、約束してくれ。俺も約束する。絶対に、お前と会うまでは死なない、ってな」

 そして、二人の唇が触れ合う。それは軽く触れあうだけのものだったが、大切な約束の証でもあった。



 ガスパール領に入ってからのアッシュの道程は決して楽なものではなかった。そして裏切り者と罵られ、石を投げつけられるならまだしも命を狙われたことも幾度となくあった。それでもアッシュはなんとか生き延びて、ガスパール領の城へとたどり着いた。懐かしい、それが最初に覚えた感覚だった。ここで自分はロナート卿に拾われ、世界を知った。世界に色がついたのだ。暖かさを知り、本を読むということも知った。騎士道物語に夢中になったのも、それがきっかけだった。一気に色のついた世界は眩しくて、そして幸せだった。それはそれまでの苦労を吹き飛ばすほどに、だ。
 それでも自分がやってきたことは変わらない。身体を売り、対価を得ていたという事実には変わりはないのだ。

「……お前、アッシュか?」

 聞き覚えのない声がアッシュの名を呼ぶ。それでも思わず振り返ってしまえば、やはり覚えのない男がにやにやと下卑た笑みを浮かべて近づいてきた。

「まあ、随分と綺麗になっちまって……へえ、こりゃ、士官学校の制服か?いい値段で売れそうだな」
「どなたですか。僕はあなたに用はありません、急ぎの用事がありますので失礼します」

 立ち去ろうとするアッシュの細腕を、男がぐいと掴んだ。

「おいおい、冷たいなあ、俺とお前の仲だろ……それとも、覚えてねえのか?まあ、あの頃のお前はまだガキだったからな、でもいい具合だった……いや、最高だった、だからよく覚えてたんだよ。その雀斑と、若草色の瞳。一見平凡だけどよく見りゃ綺麗な顔してる、ってな」
「……!!」

 そこでアッシュは思い出した、おぞましい記憶と共に。この男はアッシュがまだ幼かった頃に、暗いところに閉じ込めて怯えさせ、アッシュを好き勝手弄んで笑っていた男だ。名前などはしらない。ただ、対価があまりにも低くて二度と相手をするかと思ったにも関わらず、相手は妙にアッシュを気に入りやたらと追い掛け回されたのを思い出したのだ。

「今もヤってるのか?いや、今はお綺麗な貴族様に取り入って腰を振ってるのか?俺なんか相手にできないって顔してるが、そうはさせねえぞ、漸く見つけたんだ」

 漸く?漸く、と男は言ったのか?どれだけしつこいのだ。たった一人の子供を犯したいがために、大の男が一人でガスパールを駆けずり回っていたというのだろうか。だとしいいたらバカバカしい。
 アッシュは溜息をつくと肩を竦めた。

「あなたの相手をしている暇はないといったでしょう。僕は領主の館に用事があるんです」
「ケッ、そうして見下すか。けどな、お前はまだ俺にしてみりゃ餓鬼なんだってこと、身体に教えてやらねえとなあ」

 言うが早いか男は路地裏にアッシュをつれこむと、唇を無理矢理あわせてきた。ぬるりと入り込む舌が気持ち悪い。シルヴァンとの行為はあんなにも多幸感に包まれていたのに、この男との同じ行為は気分がひたすら悪いだけだった。背中をざらついた壁に押し付け得られ、制服のベルトを緩められる。そして裾から入り込んできた薄汚い手は、アッシュの薄桃色の乳首を探り当てるやコリコリと刺激を与えてきた。

「ん、ん-ーっ!んーーー!」

 口をふさがれているから助けを求める声も出せない。刺激を与える手は更に調子に乗り、乳首の頂点をカリカリと掻いてはつぶし、乳輪を円を描くように刺激する。そのゆるやかな刺激にアッシュの下肢に熱が集まりだした。男はアッシュの又坐に膝をぐいとつきいれると、反応していることを知りニヤリと笑う。

「へ、やっぱりな。スキモノだと思ってたんだよ、お前は。士官学校でもイイコト、たくさんしてきたんだろう?お前のおっぱいは男を欲しがってるぜ」

 言うが早いか男は制服を脱がせ、アッシュの上半身を裸にした。急速に冷気に晒された肌は泡立ち、アッシュはぶるりと震える。男が刺激しつづけていた乳首だけがぷっくらと膨れ、そこだけが別の生き物のようにいやらしく主張していた。

「相変わらず旨そうなおっぱいしてるよ。ガキの頃も女と区別がつかなかったが、今もそうだな。筋肉なんかこれっぽっちもついちゃいねえじゃねえか」

 男の言葉に、アッシュの中でぷつりと何かが切れる音がした。あれだけ鍛えて、確かに筋肉はそうついてはいないかもしれないが、女の肉体と同じだと言われて、凌辱されている。その事実に、アッシュの頭の中は沸騰しそうなほどになっていた。
 そして気が付けば、剣を抜いて男を刺していた。

「ぐ、が………おま、え……」

 人を殺すことに抵抗などは覚えなくなっていた。それはいつの頃だっただろう。弓で人を殺すという感覚はあまりなかった。だから、ベレスに剣の扱いを教わることにしたのだ。フェリクスとは体躯も何もかもが違っていたから、ベレスに特別に授業をしてもらった。アッシュは俊敏で小柄だから、それを生かせばいい、とベレスは言ってくれた。
 事実油断していた男はあっさりと死んだ。
 今は戦争の最中だ。路地裏で男が一人死んでようと、誰も咎めるものなどはないだろう。
 こんな血に塗れた手で弟たちを迎えにいかなくてはならない。アッシュはそれだけを思い、溜息を落とした。
 路地裏で、男は無残な死を迎えた、ただ、それだけだった。



 ガスパール城につけば、見慣れた執事が出迎えてくれた。その老いた目には涙が光っている。戦乱の中、アッシュが無事ガスパールにたどり着いたことを喜んでくれているのだろう。

「よくぞご無事で戻られました……アッシュ様、さあ、ローベ伯がお待ちですよ」
「ローベ伯がいらしているのですか?」
「はい、アッシュ様が戻られると聞き、さっそく歓迎せねばと御自らおいででした。粗相のないように、お願いしますよ」

 執事はローベ伯がどのような人物か心得ている数少ない味方の一人だった。そしてローベ伯がアッシュを欲していることも知っている。だから、小声でそうつけたしてくれた。ローベ伯は危険だから、下手をうつな、と釘をさしたのだ。

「はい、わかってます。心配はしないでください、爺や。これでも僕も、少しは成長したんですよ」

 血の匂いを悟られないように自然に執事から離れると、執事も軽く礼をしてアッシュを城内へと案内するのだった。


  「無事なようで、何よりだ、アッシュ=デュランよ。君にはガスパールを代表して戦ってもらうことになるかもしれないからな」
「ローベ伯もご健勝そうで何よりです。戦が始まり、さぞご心痛かと存じておりましたから」
「何、まだわが領土には戦火は及んではおらん。だが、策は練らねばならぬからな。事と次第によっては、帝国側につくことも考えている」
「それは……!」
「何、策の一つだ。それに、現状ではまだ五分と五分。ガルグ=マク聖騎士団も戦力と考えれば王国軍とてかの帝国軍に引けはとらぬであろう。聖騎士団を盾と考えれば、まだガスパールには余力はある」
「……はい」

 ローベ伯の言い分には反吐が出る、とアッシュは思った。果敢に戦い散っていった残りの聖騎士団たちを盾にすることも厭わないと言っている。彼らを良く知るアッシュにしてみれば気分が悪いだけだ。だが、ローベ伯もそれはわかっているのだろう。酷薄な笑みを浮かべ、アッシュを手招きする。

「アッシュよ、お前はまず戦うことは考えずともよい。わが騎士団が先んじて戦うであろうからな。士官学校を卒業したばかりのお前には荷が重かろう」
「いえ!僕も十分に戦えます」
「落ち着け。何も若い身空を無下に散らすこともあるまい。……今宵、わが寝所を訪れよ。詳しい話はそこで、な」

 こそりと付け加えられた言葉の真の意味に気づき、アッシュは背筋がぞわりと悪寒を覚えるのを感じた。アッシュは今宵、ローベ伯に間違くなく抱かれるだろう。ローベ伯がアッシュを戦場に出したがらないのも、その寵愛を受けさせたいがため。ただそれだけだ。弟たちを人質として、アッシュを手籠めにする。そこまでの価値が自分にあるのかとアッシュは自問するが、ここは大人しく言うことを聞くしかないだろう。そうしなければ弟たちに危機が迫る。自分が我慢しさえすれば、彼らは雨風をしのぎ、安らかに生活できるのだ。

「そうだな。弟たちに顔を見せてくるといい。彼らもお前の到着を待ち望んでいたぞ」

 全てを分かった上で、ローベ伯は笑顔を作る。その笑顔は、まるで彫刻のように冷たい、とアッシュは思った。



 弟たちは無事だった。アッシュは弟たちに今すぐガルグ=マクへと行く支度をするように、と言うと、彼らの疑問も聞かずにてきぱきと準備を始めた。アッシュはガスパール領に長くとどまるつもりはなかった――それは、先ほどのローベ伯の一言が決定打だった。帝国側につくかもしれない――冗談ではない、とアッシュは思う。西方教会への疑念は確かに消えない。けれども、突如戦争をしかけてきた帝国側につくなど、言語道断だ。それならばガルグ=マクの聖騎士団を頼った方がいい。幸い教会そのものは無事だったし、近隣の村や町もきっと仕事のできる弟たちならば歓迎してくれるだろう。彼らを無事連れて行ったら、あとはディミトリを探すつもりだった。あの戦いの最中、ベレスとは別にエーデルガルトを追い行方不明になったディミトリ。ディミトリさえいれば王国軍は再び立ち上がることが出来ると、アッシュは信じている。それに千年祭に集まろう、そう告げたディミトリの言葉も。
 だからともかく、暫くは屈辱に耐え抜いてでも弟たちを無事にガルグ=マクに行かせねばならない。弟たちには気心の知れた傭兵をつけることにしていた。彼らはガスパールに一人向かうといったアッシュの護衛を買ってでてくれたのだ。王国民と知ると、驚くほどの安値で引き受けてくれて、しかもアッシュの境遇に同情までしてくれた。だから何かあればまた頼ってくれ、暫くはガスパールの街にいるからな、とまで言ってくれたのだ。頼りっぱなしで申し訳ないが、この城にある宝物を聊か頂いて彼らに報酬として渡せば問題はないだろう。元はロナート卿のものなのだ。ローベ伯のものなどでは決してない。
 ともかく夕刻前に彼らと落ち合わねば。アッシュは準備を済ませると、弟たちとともに傭兵らに会うべく酒場へと向かうのであった。



     彼らとは無事に合流でき、最初は警戒していた弟たちも、アッシュと打ち解けている傭兵たちを見てそのうち慣れてきたのか、一緒に料理を食し、意気投合してくれた。何より一番年の近い弟はアッシュに似ていて料理も巧く、野草料理などもできるという話が出ると傭兵たちは盛り上がったのだ。野宿で旨いメシが食えるなんざ報酬がなくたっていい、とまで言ってくれたが流石にそうはいかず、アッシュは城から持ち出してきた宝石の類を彼らへと手渡した。相場よりも多い額面に面食らった彼らだが、仕事を必ず果たしてくれという意味だ、とアッシュが告げれば真剣な顔で頷いてくれた。そして成功したら戻ってきて報告もしてくれるとまで約束してくれたのだ。
 アッシュは思う。先ほどアッシュに襲い掛かってきたような輩もいれば、一見粗野に見えるが人の良い傭兵たちもいる。人間とは、ほんとうに様々なのだと。
 そんな中、自分をあれだけ愛してくれると告げるシルヴァンと出逢えたのは、奇跡だったのかもしれない。そんな物好きな人間などそうそういないとアッシュは昔から思っていたからだ。自分の外見が地味なことはわかっていたし、人目を引くものでもないことも知っていた。だからせめて相応の生活さえできればいいと、思っていたのだ。それが同性とはいえゴーティエの御曹司に見初められたのだから、世の中何があるか本当にわからない。
 これから訪れる宵の出来事を出来るだけ考えないようにして、アッシュは弟たちや傭兵たちとの晩餐を楽しんだのだった。



「来たか。ふむ、思っていたより痩せているが似合っているな」

 ローベ伯が準備していた衣服は、衣服と呼べるようなものではなかった。薄い肌が透けて見える上質な絹の触り心地は悪くはないが、肌のほとんどが露出しているようなものだった。腕と太ももに無意味とも思える飾りをつけられ、下着というには心もとない薄く小さな布地がかろうじて股間を覆っている。胸元は殆ど丸見えで、アッシュの薄桃色の乳首がその形も尖りもうっすら透けて見えるほどだった。無駄にフリルが使われていることから、女性用のものなのだろう。ローベ伯の悪趣味はともかくとして、これから一晩彼の相手をしなければならないという事実は、アッシュの心に暗い影を落としていた。身体を売る事には慣れている。対価を得るためのセックスだ。そう、自分に何度言い聞かせても、蕩けるように幸せなシルヴァンとのセックスを一度体験してしまうと、それはまるで地獄さながらだと思う。よく幼い自分は耐えたなと思ったがそれは無知ゆえのことだった、ただそれだけだ。
 けれどもそうしている間にも刻々と時間は過ぎてゆく。

「酒を用意させた。その方がお前もやりやすかろう。さあ、飲むとよい。何、おかしなものなどなにも入ってはいないからな」

 言いながらローベ伯は一つしかないワイングラスに葡萄酒を注ぎ、自分で飲んで見せてから再び葡萄酒を注いでアッシュへと向ける。
 アッシュは恐る恐るそれを受け取ると、こくりと飲み干した。喉が焼ける感覚と、葡萄の酸味が調和した、悪くはない品だ。ガスパールの地で作られたことを示すラベルを見て、弟たちはきっとこういう地道な労働もしていたのだろうな、と考えた。

「さあ、もうよかろう。こちらへ来るのだ」

 やけに紳士的にアッシュの手を取ると、ローベ伯は豪奢な寝台へと導く。そしてアッシュをやんわりと押し倒し、絹の上からその肌を味わうようにぺろりと舐め始めた。最初は喉元を舐めまわし、鎖骨のくぼみをやたらと刺激するように舌先でつつかれ、やがて薄い胸元に至る。ローベ伯はその薄い胸の肉を揉むようにほぐしながら、中心部の薄桃色の尖りを刺激し出した。

「あぅっ……」 

 乳首への刺激に弱いアッシュは思わず甘い声を上げてしまう。決して上げたくはない声を上げてしまい、唇を噛みしめるがローベ伯の行為は興が乗ったのだろう、そのまま続いていた。乳首を舌先でつつきながらもう片方を指先で弄ぶ。そうするとアッシュの乳首はぷっくらと膨れてきていやらしく主張し出すのだ。乳輪も盛り上がり、まるで幼い乳房のようにすら思える様子に、ローベ伯の呼気が荒くなってきた。そのままアッシュの胸肉を揉みしだきながら乳首を刺激し、咥え、甘い声を上げさせる。何度目かの刺激でアッシュが達したことを知ったローベ伯の笑みは獲物を捕らえた獣の顔をしていた。



      「あんっ、あんっ、おやめ、ください……そんな、ふうに、は……!!」
「何、好いのだろう……お前の胎内はまるで女の膣の様に我が肉を欲しておるぞ」

 細い腰をがっちりと握られて、ぱん、ぱん、と肉のぶつかる音が容赦なく部屋に鳴り響く。絹の衣装は最早用をなしてはいないが、下着からはみ出たアッシュのペニスも肉体の動きと同様にぷるんぷるんと愛らしく揺れて透明な汁をたらし続けていた。

「ああっ……お腹っ、奥っ……届いて……っ!!」
「おう、よい締め付けだ……くっ、気をやってしまいそうだぞ……アッシュよ、もっと、もっとだ」
「やぁっ……ああっ……」

 ローベ伯のセックスはお世辞にも優しいとはいいがたかった。己が快楽を得るためだけにろくに慣らすこともなくアッシュの後孔に猛りきったペニスをこすりつけ、容赦なく侵入させた。

「ああーーっ、やめ、て……!!」
「おう、おお……こんなにも絡みついてく肉壁も珍しい……最高の肉壺ではないか!」

 叩きつけるような侵入にアッシュはひたすら悲鳴を上げるのだが、ローベ伯はかまわずにペニスの抽出を繰り返す。そして乱暴に、乱暴であればあるほど興奮する性質らしく、肉と肉が当たる尻肉が痛くなってきてアッシュが悲鳴をあげても止める気配などはなかった。

「よし、……そろそろ、胎内に一度、出すぞ……!!」
「や、それ……は……!!」
「う、ぐ……おぉぉおおお……!!」

 咆哮とも思える叫び声と共に、ローベ伯はアッシュの胎内にドロリとした精液をたっぷりと吐き出した。その感触が気持ち悪くてアッシュは涙を浮かべたが、ローベ伯は意に介した風もなく、またペニスを抜くこともなく再び律動を開始する。

「アッシュ、お主の身体、たいそうな名器だな。肉棒を捕らえて離さず、貪欲だ……それに抱かれ慣れているからか、具合も最高だ。暫くは私の元で男娼として使えるといい、表向きはそうだな……付き人とでもして、戦いの場に出ることもあるまい。その白い肌に傷がつくのも惜しいしな」
「は、ぁ……あ……」

 荒い呼気と共にかすれた声しか出せないアッシュは頷くことも否定することもできなかった。

「よし、そうしよう、アッシュ、私の男娼になればすべてうまくゆく。何より私はお主の身体を夜毎抱けるのだからな」

 ぐいぐいと再び抽出を繰り返しだしながら、ローベ伯は悪夢のような言葉を紡ぎ続ける。アッシュは遠ざかる意識の中で、その声を聞いた気がした。シルヴァンには何を書こう、そんなことを考えながら。



 それから実際に夜毎アッシュはローベ伯に犯され続けた。薄絹を纏い飾り立てられるのもいつものことで、その姿を犯すことがローベ伯の趣味らしい。ローベ伯は悪趣味だ、とはユーリスからあらかじめ聞いてはいたが、実際に体験してみてよい気分でないことだけは確かだった。
 ローベ伯の抱き方は日毎異なり、やたらと優しく恋人のように触れてくることもあれば、乱暴に扱いアッシュを人として見ていないのではないかという時もあった。ただ、必ずローベ伯は避妊具を遣わずに生で出し、その都度アッシュは自ら処理をしなければならなかった――ローベ伯はそこまでは面倒見がよくはなかったのだ。
 そんな日が、一年は続いたろうか。アッシュの表情は暗く、淀んでいた。希望などこの世にはないのではないかというような顔をしているアッシュを心配する使用人が何度も声をかけてきても、なんでもないと苦笑して相手にしないようにしていた。ここにいてはいけない。直感的にアッシュはそう思い続けていたが、なかなか機会が訪れなかった。ローベ伯はアッシュを逃がさないように付き人をつけているし、その付き人もぴたりとアッシュについて離れない。
 けれどある時、ガスパール城でボヤ騒ぎが起きた。流石に城内も慌ただしくなり、アッシュも手伝おうと現場に駆け付けたが現場は混乱していて火の手があがり、それ以上近づけるような状態ではなかった。氷の魔道の遣い手が次々と魔道を繰り出してなんとか消し止めたが、ボヤが出た厨房は暫く使えないほどの被害を受けた。その場の混乱を利用して、アッシュは城を抜け出した。付き人はアッシュを見失ってしまい慌ててそこらじゅうを探し回ったが、地の利はアッシュにあった――幼いころから城内を探索して回っていたアッシュは、裏口も細道も何もかも知っていたからだ。
 そうしてようやく地獄のような日々から抜け出したアッシュは、とりあえずガスパールを離れてガルグ=マクを目指そうと思った。傭兵たちとは再会できなかったが、きっと彼らは約束を守ってくれているだろうと信じている。シルヴァンに毎日書いていた手紙が届いていたかはわからない。ただ、アッシュはローベ伯に犯されているということ以外は日々あったことを些細なことでも書き記して送っていた。返事が来ることはなく、恐らくシルヴァンは戦いに忙しいのだろうとアッシュは思い、仕方のないことなのだと考えた。そうでなくともシルヴァンはゴーティエの名を背負って戦わざるを得ない嫡子だ。そんな存在に見初められただけでも奇跡に近い、と思う。
 とりあえずガスパールを抜け出しガルグ=マクを目指す最中にギルベルトと出逢えたのは僥倖だった。彼もまたディミトリの生存を信じており、その行方を捜しているという。ならば同行しようとアッシュは提案し、拒否する理由もないギルベルトも頷き、二人は同行することとなったのだった。



  「あー、あいつ、ギルベルト殿と一緒に殿下を探してるのか……。そうだよな、殿下が死んだなんて、信じられないし、な……」

 数節前に書かれたであろう汚れた羊皮紙には、ギルベルトと再会し、共に旅をすることにしたとアッシュの筆跡で書かれていた。アッシュからの手紙は届いたり届かなかったりしたが、それは戦時中の事であるから仕方ないだろう。ただ、その頻度からアッシュが宣言通り毎日手紙を書いているのだけはよくわかった。
 ローベ伯に匿われていたころのアッシュの手紙はどこか元気がなさそうだったが、旅に出てからは生き生きとしているように思えるのは錯覚ではないだろう。あのローベ伯のことだから、アッシュのことだってマトモに扱ってはいなかったに違いない。早く再会して話を聞きたい、と強く思う。彼の顔を、声を思い出すだけでシルヴァンは寂しさを覚えるのだ。正直、会いたいと思う。会って、抱きしめて、キスをしたいと思う。

「寂しいのかな、俺……。……そう、なんだろうな……アッシュ……お前の顔が、早く見たいよ」

 手紙を抱きしめてシルヴァンは独り言ちる。こんな感覚を覚えたことはない。誰かに会いたい、寂しい、寂しくてたまらない。隣に彼がいないことがこんなにも苦痛だとは思わなかった。それでも、アッシュからの手紙は大切にしまってある。アッシュの筆跡を指でなぞり、シルヴァンは溜息を落とした。

「元気でやってるのかな……まあ、あいつのことだし、ギルベルト殿も一緒なら、心配はいらねぇだろうけど」

 共にいるというギルベルトが羨ましいとすら思える。何もかも捨てて、アッシュを探しに行きたい、とすら思ってしまう。けれどそんなことをしたところでアッシュは喜ばないどころか怒るだろうことは目に見えていて、シルヴァンは自嘲した。自分の役目を果たせ、とアッシュは言っていた。事実シルヴァンはこの寒冷の地ゴーティエで父と共に帝国兵やスレン人との戦いに明け暮れる日々を送っていた。それは魂がすり減るような日々ではあったが、時折届くアッシュからの手紙がそれを癒してくれた。アッシュの、几帳面で少しだけいびつな文字が愛おしかった。



   そして五年の月日が経った。千年祭に集まろう――そう言ったディミトリの言葉を、皆、忘れてはいなかった。ガルグ=マクは廃墟と化してしまっていたが、ドゥドゥーを除く青獅子の学級の皆が無事集まれたのは、奇跡に近いのかもしれない。
 それでも、ドゥドゥーの訃報は皆に衝撃を与えた。すっかり変わってしまったディミトリの姿も、暗い影を落としていた。それでも、戦わなければならない。何よりベレスが戻ってきたのだ。その姿を見た瞬間、皆立ち上がれたのだと思う。それほどにベレスという存在は大きかった。メルセデスなどは形振り構わず抱き着いて泣いていた――それはそうだろう、婚約を発表してすぐさま行方不明になってしまった婚約者が、生きていたのだから。
 シルヴァンもまた、アッシュの美しく成長した姿を見て驚き、そして安堵した。アッシュが生きていた、それだけでも十分だったのに、アッシュは逞しく、そして美しく成長していたのだ。最初は声をかけるのもはばかられ、アッシュの方から声をかけてくるまで何も出来ないでいたほどだ。

「まったく、形無しだな」

 何を、と級友は言わなかったが、揶揄われているのだけはわかる。それでも応援してくれているフェリクスに小さくありがとな、といえば不機嫌そうに鼻を鳴らされたが、まんざらでもなさそうだった。

「アッシュ……お前、随分と綺麗になったな……」
「シルヴァンも、苦労したんですね。男前になりましたよ。正直、見違えました」
「本当か?!」

 アッシュの言葉に思わずその肩を抱きよせてしまう。アッシュは苦笑しながらシルヴァンの唇に中指を宛がって制止した。

「落ち着いてください、シルヴァン。僕はもう、どこにもいかないですよ」
「悪い……お前が嬉しいことを言ってくれるから、つい。そ、そう、だよ、な……これからは、一緒に戦っていくんだもんな」

 それでも離しがたかったのか、シルヴァンはアッシュをそのまま抱き寄せる。皆の前だというのに、とアッシュは小さく抗議するのだが、シルヴァンは構わなかった。最早隠す意味もないからだ。

「そう、ですね……皆、一緒に……。……本当は、ドゥドゥーも……」
「アッシュ……」

 その件については、シルヴァンは何も言えなかった。アッシュは特別ドゥドゥーを慕っていて、共に食事を作ったり植物の面倒を見たりと交流も深く、友人としても特別だったのだろう。ダスカー人だということも気にせずに恐れることなく接するアッシュに初めは戸惑っていたドゥドゥーも、アッシュの態度にやがてその強張りは解れ、共に行動することが多くなっていたのは事実だった。だから、今回のドゥドゥーの訃報を聞いて一番落ち込んでいるのはアッシュかもしれない、とシルヴァンは思う。実際腕の中のアッシュは意気消沈しているように見えたし、涙ぐんでいるようにも思えた。

「アッシュ。あいつのことだ、きっと……生きてるさ。あいつが殿下を置いて死ぬわけがない。そうだろう?」
「でも、ドゥドゥーは殿下を庇って死んだと……」
「それだってわからないだろう。殿下が確実に確認したわけじゃないし、第一今の殿下の状態じゃ、本当にそうなのかだってわからない」
「でも、ドゥドゥーを失ったから殿下はああなってしまわれたのではないのですか?」
「さあ、それはどうかわからないがな……帝国、特にエーデルガルトに殿下は執着していたようだし」
「はいはい、恋人同士の甘いお話はそこまで。先生から提案があるそうよ」

 二人の会話はイングリットの足音と声により遮られた。傍から見れば、仲睦まじく話をしているようにしか見えなかったのだろう。咳ばらいをしながら離れるアッシュと、名残惜しそうに手を離さないシルヴァンに、イングリットはシルヴァンの手をぴしゃりと叩いて諦めさせる。

「まったく、呆れるくらいに惚れこんでるのね」
「仰せの通り、俺は五年間、こいつのことばかり考えながら戦ってたからな。アッシュの手紙がなかったら、戦い続けられたかどうかだって、わかりゃしない」
「女たらしのゴーティエ辺境伯の嫡男も、随分と一途になったものね。お陰で私の仕事が減って、助かるけれど」

 呆れたように、けれどどこか羨ましそうにイングリットは言いながら、二人をベレスの元へと連れて行った。
 蹴散らした盗賊から使える物資だけは頂いたものの、大修道院の修復にはまだまだ時間はかかりそうだった。とりあえずは焚火を灯してそこに生き残った者たちは集まった。見慣れた、けれども少しだけ成長した顔ぶれがドゥドゥーを除いて揃っている。ディミトリのみが暗がりで死者に祈りを捧げており、フェリクスが遠くからその様子を眺めてはいたが。セイロス騎士団とも合流出来てある程度の、本当にある程度の戦力は揃った。ここから帝国への反撃を始める、とベレスは宣告する。

「ほ、本気ですか、先生?!」
「本気も何も。そうしなければならないだろう」
「けど、肝心の殿下が……」
「大丈夫、ディミトリはそのうち帰ってくるよ、心配ない」
「心配ないって……でも……」
「大丈夫だから」

 ベレスがそう言うと、なんだか本当に大丈夫な気になるから不思議だった。彼女の笑みは炎に照らされて、まるで女神の様だな、とその時シルヴァンは感じたのだった。



 ドゥドゥーが生きていた。その報を聞いて一番喜んだのは他でもないアッシュだろう。そしてディミトリも聊かではあるが生者の方へと目を向けた節があった。アッシュは涙を流してドゥドゥーの帰還を歓び、ドゥドゥーもまた自分よりも遥かに小さなアッシュを抱きとめながら皆に心配をかけたと頭をさげたのだった。これで、青獅子の学級の全員がそろった。それだけでも何か心が強くなれる気がする、とアネットは告げるのだった。



「アッシュ、よかったな。ドゥドゥーが生きてて」
「はい、本当に……よかったです……」

 その声は心底ドゥドゥーの生還を喜んでいるのだろう。シルヴァンは少し妬けて、アッシュの腰を抱き寄せると唐突に口づけをした。

「シルヴァン?!」
「悪い。ちょっと妬けた」
「君が死んだって聞いたら、それこそ僕は……」
「いや、ごめんな。お前たちの間に他意がないのは知ってるし、ドゥドゥーにとってもお前が大切な友人なのはわかってるんだけどさ。なんだか俺が入っていけないんじゃないかって」
「そんなことはないですよ。シルヴァンは器用なんですから、料理も上手だってドゥドゥーも褒めてましたよ」
「そっか。じゃあ今度は、三人で料理でもしようかね」
「それもいいですね。少し息抜きをするという意味でも、いいかもしれません」
「息抜き、か。なあアッシュ。俺、五年、我慢してた……のは、わかるよな?」
「はい?」
「……五年。手紙は確かに届いてた。お前の筆跡からお前のことを感じられた。でも、お前に実際に触れられたわけじゃない。五年間、ずっと、我慢して、俺は戦ってた」
「シルヴァン……」
「アッシュ。今晩、お前の部屋に行っていいか?」
「……はい」

 シルヴァンの言いたいことがわかったのだろう。少しうつむき気味に、耳を赤くしてアッシュは頷く。シルヴァンは微笑み、少しだけ目線が近くなったアッシュの若草色の瞳を覗き込んでから口づけをして、離れていった。



「アッシュ、入るぞ」
「……はい」
 シルヴァンはアッシュの部屋に入って、固まってしまった。予想外の出来事が起きていたからだ――というよりか、アッシュの格好が予想外だったからだ。薄絹を纏い、肌が殆ど露出しており、下半身もほぼ隠していないようなものだ。内股などは丸見えだし、五年前よりも多少筋肉はついたものの相変わらずすらりと美しい肢体もそのまま、まるで据え膳のようにそこには美しい青年が立っていた。

「アッシュ、お前、その恰好……」
「……シルヴァン、このまま、何も聞かないで、僕を、抱いてください……お願い」
「アッシュ、けど、お前……」
「お願い、します……」

 そのままアッシュはシルヴァンに寄りかかる様に抱き着いてきて、シルヴァンは受け止めざるを得ない。さらりとした上質の絹の感触は非常に手触りが良く、ふわりと良い香りが漂う。男性にしては筋肉はついてはいるものの細い腕は装飾品で煌びやかに飾り立てられ、太もも部分にも薄絹のレースをあしらったものが身につけられている。下腹部は殆ど丸出しで、辛うじて股間の部分だけが薄絹で覆われてはいるがその膨らみは見て取れるし、何よりも女性ものだった。
 こんなものを、どこで――とは、聞けなかった。アッシュの伏せられた目と震える睫毛が、すべてのシルヴァンの疑問を受け付けまいとしているのだ、聞けるわけがなかった。

「わかった」

 シルヴァンは静かな声で告げると、アッシュの顔を上げさせる。前よりも鋭くなった顎に手を当てるとすいとアッシュの顔は素直にあげられ、伏せられたままの目が閉じられる。ちゅ、と小さなリップ音とともに口づけをすると、アッシュの舌がシルヴァンの唇を割って入ってきた。細い腕が絡みつき、寝台にシルヴァンを押し倒す。そのまま舌を絡め合い、舐めとり合っているうちに呼気は荒くなり、シルヴァンは薄絹の上からアッシュの乳首を愛撫し出した。昔からアッシュは乳首が弱かった。実際、触れただけでぷくりと反応する――以前よりもずっと感度が良くなっている、と黒い感情がシルヴァンの中を過るが、それは一時だった。そのまま胸を愛撫しながら体制を入れ替えてアッシュが下になると、シルヴァンはそれを良いことにアッシュの胸にむしゃぶりつく。絹の衣装が邪魔だったが、その上からぷっくりと立ち上がった乳首を舐めまわし、じゅうっと吸い取るとアッシュの甘い声が漏れてきた。

「あぁん……きもち、い……!!」
「アッシュ……アッシュ……」
「んっ……乳首……もっと……」

 ねだられるままに、乳首をカリリと噛めばカン高い声がアッシュから発せられる。

「あぁっ、いいっ、もっと、シル、ヴァンッ!!」

 これでもか、ともう片方の乳首を抓りながらカリ、と更に歯を立てるとアッシュの薄い身体がしなり、びくりと震えた。

「アッシュ……イったのか?」
「……はぁ、……あ……シル、ヴァン……もっと……くだ、さい……」

 薄暗い室内の中、汗と唾液でべたついた絹の下着を着たアッシュは、艶めかしいの一言だった。まるで上質な娼婦と同じだと思えるほど、その姿はつややかで、男を誘っていた。女物の下着からはアッシュの綺麗なペニスが顔を出し透明な汁を垂らしている。シルヴァンの唾液と汗に塗れた胸元はてらてらと光り、膨らんだ乳輪と乳首を一層強調させていた。シルヴァンはごくり、と無意識にイつばを飲み込んでいた。
 美しく成長したアッシュが、娼婦さながらの衣装で目の前に横たわっている。据え膳と言わずして、これをなんと言うのだろう。事実シルヴァンのペニスは下着の中でパンパンに膨れあがり、苦しかった。性急に下着ごと下肢の衣服を脱ぎ捨てると、シルヴァンはアッシュの胸元にペニスを宛がい扱き出した。

「あっ、ん、っ……おっぱいで……やめてぇ……!!」
「はっ、…すま、ね……お前のおっぱい、やらしすぎて……とまんねえ……!!」

 ふっくらとまるで胸板が幼女の乳房の様に見えるほどに膨れ上がった乳輪と乳首の間をシルヴァンの猛るペニスが往復する。都度こすれる熱にアッシュも嬌声を上げ、シルヴァンの動きも性急になる。

「あんっ、あっ、あんっ、おっぱいでっ、たくさんっ、気持ちよく、なって、くださ……!!」
「ああっ、出る、出ちまう……くっ……!!」

 そのままシルヴァンはアッシュの胸元にたっぷりと濃い精液をぶちまけた。精液は胸元どころかアッシュの顔にまでかかり、アッシュの上半身は最早シルヴァンの体液まみれだった。

「あ、アッシュ……ごめん……な……その……折角用意してくれた服も、ダメにしちまって……」
「ふふ、いいですよ……そのために、持ってきたんですから……」

 アッシュはシルヴァンと共に上体を起こすと、ぺろぺろとシルヴァンの精液を舐めて取る。手についたものも、顔や胸にかかったものまで丁寧に舐めとる様子もまた妖艶でいやらしく、シルヴァンは下腹部に重い熱を感じるのだった。

「シルヴァン……まだ、いけますよね?」
「あ、ああ……けど、お前は、いいのか?」
「僕だって、五年間、君を待ってたんですよ。だから今日だってこんな格好までして……」
「アッシュ……!!」

 感極まりアッシュに抱き着いたシルヴァンは、再びアッシュを押し倒して今度は秘所に手を宛がう。先ほどまでの乳首への愛撫でぐずぐずになっていたそこは、最早性器だった。襞を一つ一つ丁寧にひろげてゆくように指で丁寧に愛撫してやると、アッシュはむずがるように上体を捻る。

「シルヴァン……早く、挿れてください……君が、欲しい、です……」
「けど、慣らさないと」
「大丈夫、です……僕の身体は……もう……大丈夫ですから」
「あ、ああ……?」

 どういう意図か一瞬掴み損ねたが、大丈夫だというアッシュの表情の甘さと、実際の後孔の緩さにシルヴァンのペニス程度ならば簡単に挿入できるだろうということはわかった。良い具合に解れているのも事実だったから、シルヴァンはペニスをアッシュの後孔に宛がうとゆっくりと挿入してゆく。

「あ、……熱くて……気持ちい……です……」
「アッシュ……アッシュ……」
「もっと、乱暴にしても、いいですよ……?」

 そういわれなくても、限界だった。シルヴァンは媚肉に包まれた肉棒が更に質量を増したことに気が付いたがそのままぐい、と媚肉を掻き分けて奥へと進む。

「あんっ!!」

 アッシュの高い声と、熱い胎内でごつ、と鈍い音がして、シルヴァンは自分のペニスの先端がアッシュの最奥に届いたのだとわかった。

「お、奥……届いて、……る……」

 アッシュは自らの胎を撫でながら涙を浮かべてシルヴァンを見上げた。そのあまりに健気な仕草にシルヴァンのペニスが更に質量を増す。

「えっ、あっ!!」
「ごめん、アッシュ……お前が……可愛すぎて……!!」

 細い腰をがっしりと掴むと、シルヴァンは激しい律動を開始した。がつ、がつと奥にあたる音が水音と共に響き渡る。

「あんっ、あんっ、ちょっ、まっ、やぁあっ、はげ、し……!!」
「アッシュ……アッシュ……アッシュ……!!」

 シルヴァンはアッシュの名を必死に呼ぶことしかできなかった。愛おしさで、一杯だった。ただ、愛したかった。その中に、楔を刻みたかった。己のモノに、したかった。

「アッシュ……出る……っ!!」
「んぁ、あ……あっ、だし、て……!!」

 どくどく、どくどく、とシルヴァンの大量の精液がアッシュの胎内に入り込んだ。その熱を感じながら、シルヴァンは多幸感に包まれていた。



  「シルヴァン、大丈夫ですか?」
「それはこっちのセリフだよ……お前、それに、その恰好……」
「……シルヴァン、まだ出したりないって顔ですね」

 シルヴァンの疑問には応えず、アッシュはシルヴァンのペニスを自ら抜き取るとどろりとしたものと共にシルヴァンのペニスがアッシュの脚の間から出てきた。それは未だに熱を持ち続けており、ゆるりと勃起している。

「おい、アッシュ」
「じゃあ今度は、こっちで気持ちよくなりましょうか」

 アッシュはシルヴァンのペニスを太ももで挟むと手先を亀頭部分に宛がいしゅこしゅこと動かしだした。

「あ、アッシュ……!!」
「柔らかい太ももじゃないからダメかと思いましたけど、結構いけるもんなんですね」
「お前……!!」

 太ももも同時に動かされるものだから、緩い刺激がペニスに直接与えられて堪らない。もっと熱くて激しいものが欲しくなってしまう。けれどアッシュは今は挿入させてくれそうもない。太ももを動かしながらつま先で鈴口をつつきだし、中へと侵入させたときの刺激はびりびりと背筋に電気が走ったようなそれで、シルヴァンは思わず悲鳴を上げていた。

「ってぇ!!アッシュ、やめろって、それは!!」
「でも、君のおちんちんは気持ちがいいっていってますよ」
「やめてくれよ、マジで……!」
「わかりました……じゃあ、こっちだけで我慢しますね」

 残念そうに唇を尖らせる様子も愛らしい。けれどももう一度あれをやられるのはたまったものではない、とシルヴァンは思った。確かに異様なほどの快楽も拾えたがそれより痛みの方が強かった。無理矢理挿入されるというのはそういうことなのか、と妙なところで納得して、同時にアッシュがそういう目に遭ったのではないかという懸念も浮かんできた。それは、ローベ伯のところにいたときのアッシュの手紙がやたらと事務的だったことを想い出したからだ。もしやアッシュはローベ伯に抱かれていたのではいだろうか。だからこのような衣装も持っているし、性技も巧くなっている――そう考えると合点がいってしまうのだ。セックスの間に何を考えているのかと自分でも思うのだが、それが伝わってしまったのか。突然アッシュの愛撫が止んだ。

「シルヴァン?何か別の事を考えてませんか?」

 アッシュは何度も言うように鋭い。誤魔化せないだろう。シルヴァンは観念し、アッシュの手を止めて、自らのペニスもアッシュの太ももの間から抜くとしごいて一度射精してしまってからアッシュを抱き寄せると、真剣な目で若草色のアッシュの瞳を見て、言葉を紡いだ。

「アッシュ。ローベ伯のところにいた一年間、何かあったな?お前、本当は毎晩抱かれてたとか……そうじゃないのか?弟たちを人質にとられてだとか」

 アッシュの表情が強張る。これは「当たり」だろう。怯えさせないように、柔らかく再び抱きしめて、汗に塗れた額に口づけを落としてからシルヴァンは続けた。

「お前の手紙、なんだか様子がおかしいと思ったんだ。気のせいだと思いたかったが……どうやら、そうじゃなかったみたいだな」
「シルヴァン、そのことなんですけど……」
「いや、別に、無理矢理暴きたいわけじゃないんだ。いやなら、話さなくていい。話したくなるような内容でもないだろうしな」
「いえ、君には、きちんと話をしないといけないとは思っていました。この衣装も……そのためです。僕は一年間、兵士としてではなく男娼としてローベ伯に仕えてました。弟たちは、信頼できる人たちに預けてあるので大丈夫だったんですけど。だから、……これは、僕の弱さが原因の、自業自得の……」
「そうじゃねえだろ!お前は弱くはない。弟たちを逃がせたのだって、きっと運がよかったんだろう?それに、お前はガスパールに居場所がない。裏切り者と言われた、そうじゃないか?」
「……はい、その、通りです……裏切り者の兵士など、いらないと……はっきりと、言われました」
「やっぱりな……、あの時、ゴーティエにひっぱってでも連れて行くべきだった」
「いえ、それは違います。僕はやっぱり、ガスパールに一度戻らなければならなかったんです。裏切り者と言われても、何をされても」
「アッシュ……」

 健気で、愚かで、真っ直ぐで、まばゆくて、なんて強かなのだろう。アッシュという青年のその存在は、シルヴァンにとっては光そのものだった。だから、きえてしまわないようにぎゅっと抱きしめた。

「シルヴァン、痛いです……」
「悪い……でも、……力を少しでも緩めたら、お前はどこかにいってしまいそうで、……俺から離れてしまいそうで、怖いんだよ」
「シルヴァン……?」
「気のせいかもしれない、でも、俺の望みと……お前の望みとは、きっと違う。戦争の最中はいいかもしれない、けど、戦争が終わったら、お前はきっと……」
「シルヴァン……痛い……ですよ……」
「ごめんな、今は、……離せそうも、ない……」



 ロドリグの死は、王国軍にとって痛手だった。だが、それを代償にディミトリは前を向けるようになった――あまりにも大きな代償ではあったものの、王国軍は勢いを取り戻せた。そして同盟軍を助け、その助力を受けることで帝国軍とも対等に渡り合えるようになり、やがて戦いは最終決戦を迎えた。
 あくまでもディミトリは対話を望んだが、エーデルガルトとの対話は平行線で終わった。そして最後の戦になり、王国軍は最終的に大陸を統一する形でフォドラに平和を取り戻したのだった。
 大司教レアはその座をベレスに譲り、ベレスは正式にメルセデスを伴侶に迎えて大司教の座に就いた。新王ディミトリはマリアンヌを妃に迎え、その仲睦まじさは王国全土での語り草となっていた。
 一方シルヴァンはといえば、未だアッシュのことを諦めてはおらず、新王ディミトリに謁見していた。
「シルヴァン。俺としても、お前の恋を応援したい気持ちはある。それに二人の仲は士官学校時代からのものだからな。養子を迎えるという話も良いと思う。だが、その決断はお前にもアッシュにも恐らくは辛い思いをするしさせるだろう。それでもお前は意見を曲げないんだろうな」
「はい、陛下。俺は何があってもあいつを近くに置いておきたいんです。幸せにできるなんて言わないし、泣かせない保証はない……けど、近くにいて欲しい。近くにあいつがいないと、俺はてんでダメなんですよ」
「そうだろうな。イングリットやフェリクスも同じことを言っていた。ギルベルト殿からも聞いたぞ」
「ギルベルト殿までもですか?!どこまで俺の話は広がってるんです?」
「少なくともフォドラじゃ知らない人間はいないだろうし、クロードも知ってるから最悪パルミラでも噂くらいにはなっているかもな」
「冗談じゃないですよ!!フォドラはともかく、パルミラまでだなんて」
「いいじゃないか。女誑しでろくでなしだったゴーティエ辺境伯の息子が一途な恋を実らせた、美しい恋物語だと俺は思うぞ」
「陛下からそういう言葉を言われるとは思ってもみませんでしたよ……」
「それで、アッシュはどうしている?」
「あいつなら、相変わらず頑なにガスパールにいますよ。でも、もう逃がすつもりはありません。あいつがガスパールにいる義理ももうない。家族ごと俺の家族にします」
「そうか。お前ならきっと、出来るだろうな。ガスパールの統治には適当な人材を派遣しよう、ローベ伯は評判がよくなかったからな」
「ありがとうございます、陛下」

 にこやかに笑うディミトリとその傍らで微笑むドゥドゥー。こんなに心強いことがあるだろうか。国王お墨付きで、これからアッシュを迎えにゆけるのだ。心躍らせながらにこやかに退出するシルヴァンの背を、ディミトリとドゥドゥーも晴れやかな笑顔で見送るのだった。



 そして、あれから六年経った星辰の節。アッシュは女神の塔を訪れていた。封書が届いたのだ。星辰の節、25日、女神の塔で待っている。差出人は不明。印籠も施されてはいない、ただの羊皮紙がある日届けられたのだ。けれども、アッシュにはその差出人に心当たりがあった――というよりないわけがなかった。あの日、あの時、あの場所で語り合ったシルヴァン。きっと、この手紙の差出人は彼だろう。そして逢って話したい中身もだいたい想像がついていた。だから、アッシュはこの日のために用意してきたものがあった。知り合いの職人に頼み、作ってもらったものだ。弟たちにはからかわれたが、きっと彼らは驚くだろう。その時の彼らの顔を見るのが楽しみだ、とアッシュは思う。
 やがて見えてきた人影は、やはり想像していた人その人のものだった。

「アッシュ、来てくれたか」
「はい、君の筆跡を忘れるくらい、僕は白状じゃありませんから」

 その日のアッシュは盛装をしていた。白く美しい羽織に、のびやかな羽を思わせず燕尾服。胸元には紫の菫の花を飾り、腰にはシルヴァンからあの時譲り受けた短剣を携えていた。その意図をシルヴァンは一瞬で見抜いたのだろう。大股にアッシュに近づいてきて抱きしめるのかと思いきや、恭しくアッシュの手を取り、跪いて口づけを施した。そして質素ながらも立派なつくりの小さな箱を出し、その蓋を開けてみせる。そこには、アッシュの若草色の瞳を模した宝石をあしらった指輪があった。

「アッシュ=デュラン。シルヴァン=ジョゼ=ゴーティエとその生涯を共にすると、誓ってくれ」

 冷たい風が吹いてきた。二人の間をその風が通り抜けてゆく。アッシュの燕尾服がふわりと舞い上がり、まるで白鳥の様だ。

「はい。アッシュ=デュランはシルヴァン=ジョゼ=ゴーティエの求婚を、受け入れます」
「アッシュ……!!」

 シルヴァンが貴族然としていたのも、そこまでだった。アッシュの返事を聞いたシルヴァンは、アッシュに指輪を嵌めるのもままならないほどに歓喜し、アッシュを抱え上げて歓びその場を一回りしたのだ。

「ちょ、ちょ、シルヴァン、落ち着いてください!!」
「これが落ち着いていられるか!やっと俺の恋が実ったんだぞ!」
「それは君の粘り勝ちですよ……!!」
「それはそうでも、俺はこれから一生お前を離さないからな!泣かせるかもしれないし、幸せには出来ないかもしれない、けれど、寂しくはさせない。一人では泣かせない。何かあれば何時だっておれは隣にいる。女神さまに誓って、俺は生涯お前を離さない」
「もう……ここまで言われたら、断るに断れないじゃないですか」
「だってさ。まったく、兄さんはこれだから困るんだよ、僕らを驚かせようとしてたんでしょう、本当は」
「まさか相手がゴーティエの嫡子様だとは思わなかったけどね」
「でも嬉しいな~。私たち、ゴーティエの嫡子様とご一緒出来るんでしょう?ゴーティエの地は寒いって聞くけど、幼い頃の経験を考えたら、天と地の差よね」
 いつの間にやら隠れていたのか、アッシュの兄弟たちがわらわらと湧いて出てきて、これにはアッシュも驚いた。 「お、お前たち、どうして」
「どうしてって、兄さんが珍しく盛装して出かけるんだもの、そりゃ気になるでしょ。それに事前に通達だって来てるし、わからない方が馬鹿だよ」
「そ、そう……」
「はは、弟たちの前にはお前も勝てないみたいだな!初めましてお嬢さん、俺がシルヴァン=ジョゼ=ゴーティエです。以後お見知りおきを」
「きゃっ、こんな風に扱われたの初めて!貴族様って、皆こうなの?!」
「それから君たちがアッシュの弟だね。初めまして、これからは兄貴分としてよろしく頼むぜ」
「なんだよ、こいつと態度が全然違うじゃないか」
「それはまあ、女性の扱いには手慣れてるからなあ。こちらとしては」
「兄さん、もう一回考えなおしたら?」
「ふふ、その方がいいかもしれないね」
「おい!ちょっと待てよ!先生への報告も前に、婚約破棄か?!」
「冗談ですよ。皆、君の事が好きなんです。僕の話を聞いて、ずっと君に会いたがってたから」
「はー……もう、冗談でも驚かせるなよ……本当に、俺はお前がいないと、ダメなんだからな……」
「でもすごいよな。俺たち兄弟までひきとってくれる、だなんて。ゴーティエ伯てのは、ほんとうに豪気なんだな!」
「どういたしまして。これでもそれなりにやることはやれる男で通ってるんだぜ?」
「ふうん。そうは見えないけどなあ」
「こら、お前たち!あんまり失礼なことばかり言うんじゃないよ、本当にシルヴァンには感謝しかないんだから」
「これも兄さん譲りの冗談だよ」
「まったく……もう……」

 冷たい風が吹いている。けれど、その風が割り込む隙はもうどこにもない。幼かった頃に恐れ憎んだ寒さも冷たさも、もう恐れなくていい。それは、このシルヴァンという人がいてくれるから。
 改めてアッシュは、シルヴァンが自分を見初めてくれたという奇跡に感謝すると、シルヴァンにそっと寄り添う。

「アッシュ?どうした?」
「ありがとうございます、シルヴァン。僕は君に出会えて、本当によかった」



   ゴーティエ家についてからの生活は目まぐるしいの一言に尽きた。先の戦争でのアッシュの活躍を知っているゴーティエ伯はアッシュを見初めたシルヴァンを褒めたたえ、奥方もまたアッシュの人となりを知るや同情し、そして涙してくれた。もっと歓迎されないかと思っていたアッシュ達だったが、真逆の対応に呆れてしまうほどだったのだ。スレンとの交渉という言葉がゴーティエ伯の口から出てきたことにもアッシュは驚いた。あれ程戦うことにこだわっていたゴーティエ伯だが、息子の活躍や新王の政策など、様々な観点から考え方を変えざるを得なかったようだ。何より、アッシュが戦える騎士だというのも大きかったかもしれない。そしてまた、アッシュの兄弟たちもアッシュに似るどころか一番年の近い弟などはアッシュよりも体格が良いものだから、鍛えてやると豪語して笑って見せる始末だった。
 とにもかくにもどうやら歓迎されているようだと知れば、アッシュ達も人心地つけた。
 そしてそんな日々のある晩。アッシュはシルヴァンの部屋へと来るように、と言いつかった。ここではまだ正式に伴侶としては認められてはいないから、まだ嫡男と賓客の身分の差がある。だから寝室は当然別々だ。だが当然だがアッシュは頻繁にシルヴァンの寝室に呼びつけられていたし、婚約者なのだから屋敷の者たちもむしろ当然なのだと思っているようで、すれ違う使用人などにこにこしながら会釈をするものだからアッシュは逆に恥ずかしくなってしまうほどだった。

「アッシュ、今日もきてくれたんだな」
「昨日も来たじゃないですか。本当に君は、甘ったれなんですね」
「言っただろう、絶対に離さないって。それにそんな甘ったれに惚れてるのは誰だよ?」
「……僕です!僕ですよ!悪かったですね、お邪魔しました、帰ります」
「おいおい、冗談だって、悪かった、気を悪くするなよ……今日はガスパールの酒も手に入ったことだしさ、少し話でもしながら」
「そうなんですか?話だけですか?」
「いや?当然することはしたいけどな」
「やっぱりじゃないですか……これじゃあ婚約者といったって、男娼と変わらないじゃないですか」
「違うだろ!れっきとした婚約者だろう、俺たちは。そ、そりゃあ婚前交渉はしない方が、い、いいのかもしれねえけど、それ言ったら俺たちはもう……」
「遅いですね。わかりましたよ、付き合います。それに僕だってそのつもりで来てますから」
「なんだよ、だったら最初から素直になればいいのに」

 ぶつぶつと言いながらもシルヴァンは一本の上質なワインを棚から出してきて、卓上に乗せる。銘柄を見れば確かにガスパール産の、しかも年代物だ。よくよく見るとガスパールでワインの製造が始まった年の物だった。

「こんな貴重なもの、どこから……」
「こないだガスパールから来たっていう商人から手に入れた。値段は聞くなよ?ファーガスどころか旧帝国領でも評判のガスパールワインの、それも最高級品だからな」
「そ、そんなもの、僕が味わってもいいんでしょうか」
「いいに決まってる、俺の伴侶なんだから」
「まだ婚約者です」
「似たようなもんだろ?」

 こつん、と頭を小突かれてアッシュはう、と呻いて椅子に座る。シルヴァンは上機嫌なのか鼻歌を歌いながらワインを二つのワイングラスに入れてゆく。赤葡萄で作られたそれは、美しく屋内の光を反射して輝いているように見えた。
 シルヴァンはドライフルーツやナッツの類をどこからともなく手に入れてきてそれも卓上に置き、幸せそうな顔をしてアッシュの対面に座る。

「なあ、アッシュ、俺、今すげえ幸せ」
「……僕も、……幸せ、です」
「本当か?お前の言葉はいちいち信用できないからな」
「それでも婚約者なんですか?信用してください。僕みたいに何も持たない人間が、こんな暮らしが出来るなんて……本当に、考えてもみなかったんですから……」
「そういやって自分を卑下するところが、お前の唯一の欠点なんだよなあ」
「でも、事実ですよ。ロナート卿に拾われてなければ、きっと結局どこかの路地裏で死んでいたと思います」
「でもお前は生きていて、ロナート卿に拾われて、俺と出逢って、結婚して、こうして共に居る」
「だから、まだ婚約者です」
「お前もしつこいなあ。でも本当にロナート卿には感謝しないとな。あとできちんと墓を作りにいかないとな……それに、お前の両親の墓参りもしたいし」
「シルヴァン……本当に……?」

 裏切り者のロナート卿の墓は未だ作られてはいない。ガスパールの有志が作ったものはあるもの、正式にそこにロナート卿の骨があるわけではなかった。ロナート興の遺体は教会に逆らったものの罰として野ざらしにされているままだから、再びあの場所を訪れなければならないだろう。それは、アッシュが過去と向かい合わなければないことに等しいが、しなければならないことだとも思う。

「そうですね……僕は、ロナート卿に会いにいかないと。でも、謝りはしません。僕は、間違えたとは思ってないから」
「そうだな。お前がそう思うならそう告げてくるといい。ロナート卿だってわかってくれるはずさ」
「その時、君は隣にいてくれますか……?」
「おうよ、当たり前だろう」
「シルヴァン……」

 アッシュは感極まり、立ち上がるとシルヴァンに近づいて口づけをした。それが、きっかけだった。
 互いに口づけを交わしながらシルヴァンはアッシュを横抱きにして寝台へと運び、衣服を脱がせてゆく。アルコールが少し入っているのか、シルヴァンには余裕がなさそうに見えた。その証拠に、アッシュの部屋着を脱がすのに手間取り小さく舌打ちをしている。

「シルヴァン、落ち着いてください、僕は逃げませんから」

 その手を取り、ゆっくりと自ら衣服を脱いでゆくと、シルヴァンはぽかんとその様子を馬鹿みたいに眺めていた。

「シルヴァン?」
「あ、いや、なんか、お前色気づいたなって……見惚れてた」
「きっとアルコールのせいじゃないですか?僕、肌に出やすいんで」

 確かにアッシュの雪のような肌が少しだけ朱に染まっていて、それだけでも艶めかしいのだろう。

「いや、それだけじゃないと思うけどな……」

 呆けていたシルヴァンも漸くといった風に近づき、再び唇が重なる。くちゅ、ぱちゅと水音がして舌が絡まり熱を持ってきた。シルヴァンも急いで上半身を露わにすると胸を合わせてくる。その肌は熱く燃え滾るような熱を持っていた。そしてシルヴァンの指と唇はアッシュの胸元へと伸びてゆく。いつものように乳首への愛撫が始まった。

「あっ……ん……なんだか……今日っ……いつもより、感じちゃいます……」

 くい、と胸をシルヴァンに向けて差し出すようにするアッシュに、ぺろりと舌なめずりをしたシルヴァンがそのまま乳首へと食らいつく。

「あんっ!!痛っ!」

 そのままちゅうちゅうと赤子が乳首を吸うように吸われて、アッシュは益々快楽の逃しどころがなくなり嬌声を上げて足をもじもじとさせるしかなかった。吸われていない方の乳首ももちろん指先でカリカリと掻いたり潰したりと愛撫され続けているのだ。

「ごめんな、でも、気持ちいいだろ?」
「もうっ!シルヴァン、あまり調子に乗らないでくださいよ!」
「悪ぃ悪ぃ、お前があんまりに可愛くてさ」

 そして再びカリ、と乳首を齧るのだから懲りてない。けれども事実齧られるとより直接的な快楽が拾えるのでその都度アッシュは甘い声をあげてしまう。シルヴァンの武骨で大きな手が、乳輪と乳首が膨らんだアッシュの胸元を往復している様だけでもひどくいやらしくて、アッシュは恥ずかしくて仕方がなかった。男のくせにまるで女のような胸元になってしまっていることがひどく恥ずかしいと思う一方で、シルヴァンにもっと愛撫してほしい、舐めて欲しい、噛んで欲しいと願ってもいる。相反する感情で飽和して、そこにアルコールも聊か入っているからかアッシュの判断力もぼんやりとしたものになってきていた。

「あぅ、あっ、噛むの、気持ちい……もっと、舐めて……噛んで……」
「仰せのままに」

 シルヴァンは言うなり再び強くアッシュの乳首を吸い、じゅっと音を立てる。つま先を乳首の頂点にねじりこむように立てて、強く抓る。

「あぁんっ、いいっ、もっと……!!」
「俺も、結構、限界……なんだ、けど、なっ……!」

 その言葉通り、シルヴァンの股間ははちきれんばかりになっていた。アッシュは自分の事ばかり優先していたことに気づくと、慌てて上体を上げてシルヴァンの下衣を寛げる。ぶるん、と大きなペニスがアッシュの鼻先にそそり立って当たる。牡の強烈な匂いに、アッシュは再び酩酊しそうになった。そのままぱくりとシルヴァンのペニスを咥え、ずっしりとした陰嚢も揉みしだく。ペニスの裏筋は殊更丁寧に、一筋一筋まで丁寧に嘗め尽くして陰嚢は柔らかく、時に強く緩急をつけて。

「アッシュ、あ、おい……」
 アッシュは応えることなく口淫を続けた。くびれ部分もひとつひとつじりじりと攻めてゆき、亀頭をぱくりと咥えると鈴口を舌先でつつき、陰嚢を激しくもみしだく。 「アッシュ、出る、出ちまうから……っ!」

 そのまま出してもいいいのに、とアッシュは思いながら口淫を激しく、陰嚢を揉む手つきも激しくするととっぷりとシルヴァンのペニスから精液が出てきた。青臭くて苦いそれはシルヴァンの味だと思えば美味で、ぺろりと舌なめずりをしながらアッシュは全てを飲み込んでしまう。

「アッシュ……お前……」
「ふふ、いっぱいの精液、ごちそうさまでした」
「……なんでそんなにエロいんだよ、お前……信じらんねえ……」
「何言ってるんですか。まだ、これからですよ」

 言うが早いかシルヴァンのペニスを再び手でしごきだしながら、もう片方の手でアッシュは自らの後孔を解し出した。

「んっ、……ん……もう、入りそうです、ね……」

「マジかよ、そんなに慣らしてねえだろ……」
「僕のここは、特別ですから……ほら、もう、大丈夫です」

 そう言って後孔を広げてみせる。その光景にシルヴァンは思わず手を口に当ててつばを飲み込んだ。この、あまりにもいやらしくて、色っぽくて、そして誘う光景に参らない男はいないだろう。
 シルヴァンはがっつくようにアッシュを押し倒すと、ペニスを後孔にぐいっと押し入れた。

「あぁんっ、入ってきた……!熱いの……熱い、シルヴァンの……おちんちん……!!」
「バカ、言うなよ……この……っ!」

 そうは言いながらもシルヴァンの行為は荒々しく、最早我慢の効かない獣のそれだった。何度も抽出を繰り返し、アッシュの身体を揺らしながら、肉壁に絡みつく感覚を味わい、熱に包まれて、そしてアッシュの胎内へとたっぷりの精液を吐き出したのだった。



「シルヴァン。……僕は、セックスは、手段だって思ってました」
「……なんだ、藪から棒に」

 何度か身体を重ねたあと、体力も限界になった二人は寝台で寄り添いながら横になっていた。シルヴァンの逞しい胸に抱かれながら、アッシュがぽとりと言葉を落としたのだ。

「小さい頃の話です。子供を欲しがる大人って、びっくりするくらいいるんですよね。だから、身体を対価に日銭を稼ぎました。盗みで捕まる危険性を考えたら、ずっとその方が楽でしたから」
「けど、お前、それって」
「……今でも後悔はしてないんですよ。それで弟たちみんなを食べさせることができたから。僕は、今までの人生の事、何も後悔してないんです。自分で選んだ、道だから」
「アッシュ……」
 何も言えなくなって、シルヴァンはアッシュをただ抱きしめた。抱きしめることしかできなかった。なんと言葉をかければよいのかなど、普段は良く回転する頭でも導き出せなかった。それはアッシュが後悔してないと断言したからだ。それ以上、何を言えよう。

「ローベ伯のところでも抱かれてましたけど、それも手段でした。でも、嫌だった。……本当に、嫌でした。後悔はしないと決めていたけれど、本当に、本当に嫌だったんです……!!」

 急にぼろぼろと涙をこぼし始めたアッシュを、シルヴァンは抱きしめることしかできない。否、抱きしめることが出来た。体温を分かち合うことができた。

「そっか。そうだよな。嫌じゃない訳、ないよな」
「本当に、嫌でした……君とのセックスを知ってしまったから……セックスは、本当は、愛し合うものがすることなんだって、知ってしまったから……」
「ああ、そうだよ。そしてこれからは、アッシュはそんな嫌なセックスをする必要なんかないんだ。だって、俺がいつだって傍にいるからな」 「シルヴァン……」


 見上げてくる瞳は、迷子の子供のようだった。だから、シルヴァンはその瞼に唇を優しく、ふたつ、落とす。

「俺が、守るよ。お前も、お前の家族も。俺が傍にいる。辛い思いをするかもしれないし、また泣かせるかもしれない、でも、……絶対に、そばを離れないし、離さない。それだけは、約束する」
 アッシュの下睫毛から再びおおきな涙が零れ落ちた。それを指先で掬い取ってシルヴァンはぺろりと舐めると、アッシュに口づけをする。

「大丈夫。アッシュ。大丈夫だ。今度一緒にロナート卿とお前の両親の墓参り、行こうな」
「……はい……!!シルヴァン、愛してます……」
「ああ、俺も愛してるよ、アッシュ」
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