2022年アッシュ誕生日小噺

 ゴーティエの冬は早い。飛竜が空を飛ぶころには既に小雪が舞う季節になっている。
 アッシュは見慣れた景色を大きな窓から眺め、ほう、と溜息をついた。ここに来て何年になるだろう。ファーガスでも温暖だったガスパールと比べて寒いゴーティエ地方の冬に慣れるころには、すっかりと年を取ってしまていた。

「アッシュ」

 やわらかな声と共に扉が開かれる。アッシュは口元にあてていた手をおろして振り向けば、屋敷の主でもあるシルヴァン=ジョゼ=ゴーティエの姿がそこにあった。男前の顔をこの上なく甘い笑顔に崩し、手にはティーセットを持っている。ふと、ティーセットの卓の上に見慣れないものを見つけてアッシュは子供のように駆け寄った。

「シルヴァン、これは?」
「ああ、これか?」

 心得た、というようにシルヴァンはにやりと笑い、それをつまみ上げてアッシュに渡す。それはみずみずしいスミレの花だった。

「スミレの花……どうして、こんな時期に?」
「庭に温室があるだろう?庭師の爺さんにつくらせたあれだ。あそこで俺が育てた。お前の誕生日に渡せるようにな」

 確かに数年前、アッシュがゴーティエに来てからシルヴァンは庭の片隅に温室を作らせていた。お前には花が似合う、とそれこそ蕩けるような口ぶりと笑顔で口づけと共に言われたことは今でも鮮明に覚えている。

「きれいな……薄紫と紫色ですね。これ、わざわざ野生の種をとってきたんですか?」
「そうだな。商人に頼んでもよかったんだが、どうせだったらその方がお前に渡すには相応しく思ってさ」

 小さな花束は本当に瑞々しく、まるでそこだけがきらきらと輝いているようだった。

「ふふ、そうかもしれないですね。どこの馬の骨とも知れないガスパールの孤児には、ピッタリです」
「こら、そういう意味で言ったんじゃないぞ」

 軽く小突く真似をしながらティーセットをテーブルに置いてシルヴァンはアッシュを正面から抱きしめる。

「誕生日おめでとう、アッシュ」
「ありがとうございます、シルヴァン。毎年毎年、本当に色々準備してくれて、嬉しいです」
「そりゃそうだろう、最愛のお前の誕生日なんだから」

 アッシュもシルヴァンを抱きしめ返すと、口づけが帰ってきた。それは触れるだけの軽いものだったが、暖かく、木枯らしの吹く寒さなど忘れてしまいそうだ、とアッシュは思った。

「さ。時間もわざわざとったことだし、茶でもたしなもうぜ。今日は難しい話はもうなしだ」
「はい、そうですね」

 各々席に着き、シルヴァンがティーポットを手に取って茶葉を入れ、湯を注ぐ。あたりにほのかに爽やかな香りが漂い出した。

「ふふ、今年も僕の好きな紅茶にしてくれたんですね」
「毎度おなじみで申し訳ないけどな」
「そんなことはないです、嬉しいです」

 上品なティーカップに注がれてゆく半透明の液体にアッシュが注視していると、最後にシルヴァンは「これはおまけな」とまるで手品師のように小瓶からスミレの砂糖漬けを取り出し、ミントティーに浮かべてみせた。

「これは……!こんなものまで、用意してくれたんですか!」
「所用できた商人からついでに買ったんだ。お前の誕生日も近かったしな。さあどうぞ、召し上がれ」
「はい、いただきます!」

 アッシュは満面の笑みでシルヴァンに礼を言ってから紅茶に口をつけた。爽やかなミントの香りと共に、スミレの優しい香りが甘さと共に口の中に広がる。敢えてシルヴァンが茶菓子を用意しなかったのも、このためだろう。

「おいしいです……!」
「そうか、それはよかった」
「シルヴァン」
「ん?どうした?」

 アッシュは立ち上がると、シルヴァンの頬に触れて、それから口づけを落とした。

「ありがとうございます。毎年、一緒にいてくれて。僕は、幸せです」
「ああ、俺も幸せだよ、フォドラ一の幸せ者だ」
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