目の前に出されたお茶と茶菓子は、上質なものだった。茶葉の香りもそれなりにわかるようになったツィリルには、卓上の品々が自分のためにアツられられたものなのだということもわかる。
だが、向かい合っている相手が問題だ。だからツィリルは自分から話題を振ろうにも、一体何を振ったものかとあれこれと頭の中で考えを巡らせている最中だ――もっとも、ツィリルがどこまで知恵を絞ってもかなう相手ではないことは、初めからわかりきっていたことではあるのだが。
「それで?あの山猫とは順調にお付き合いできているのか?」
のっけから、これだ。これで同盟の盟主なのだというから、ツィリルからしてみればどうにも疑わしい。よりによってかつての級友に下世話な話を昼間からしてくるなんて、酒場で昼間からクダをまいている中年男じゃああるまいし、と呆れながら茶をすする。ツィリル好みに香りがつけられた茶葉は貴重で、なかなか手に入らない。
「それを、アナタに話す必要はあるの?」
「そうだなあ、本来なら酒の肴にでも出来りゃよかったんだろうが、なにせこの物資不足でね。せいぜいこの程度揃えるのが精一杯だった」
「ハァ……そこまでして、ボクたちの話を聞きたいっていうのは、どういう風の吹き回しか知らないけれど、アナタは個人の事情とかには首を突っ込まない主義だと思っていた」
「まぁそこそこは場合によるな。特にあの山猫坊やには一度寝首をかかれかけてる、そりゃあ裏を探ろうとしたって可笑しくはないだろう?」
クロードはツィリルのそっけない態度にもめげずに、物資不足の中でもどうやって用意したのか知れない茶菓子をひとつ頬張り、ひとり感嘆の声をあげる。「やっぱりリシテアの焼き菓子は美味いなあ、あれだけの材料の中でよく作るよ」感心したように続けざま手に取ろうとしたのをじっと眺めながら、ツィリルもひとつ、焼き菓子に手をのばした。
「もうアッシュは裏切らないよ。わかってるんでしょう」
「俺だって信じたいさ、もうあれで重要な同盟軍の駒なんだ。特にきょうだいのお気に入りだからなあ」
言うクロードの心のうちはわからなかったが、その目はどこか遠くを見ているようで、妙に心がざわつく気がした。
クロード曰くの山猫は、今日はどこか不機嫌そうだった。それは部屋を訪れた時から漠然と感じられたのだが、ツィリルの姿を認めたとたんにいつものように笑みを作られて手招きされてしまえば、ツィリルに逆らう気も起きなかった。蕩けるような笑顔も、妙にしろくて艶っぽい手も、その目的はいつだってひどくわかりやすい。
言葉を交わすこともそう多くなく、寝台に押し倒されると薄い唇が降ってくる。けれど、その唇の温度を知っているのは今は自分だけだという自尊心がツィリルの熱を余計に加速させた。山猫だろうが雌猫だろうがなんだっていい、今、その面倒で厄介な、けれどもひどく温かくて心地よい体温を抱けるのは自分だけなのだから。唇を開かせて舌を割り入れたのはツィリルが先だった。その反応に少し驚いたように若草色の目が見開かれる。けれどもそれは一瞬で、蕩けるような熱を籠らせた瞳がツィリルを射抜いた。舌を絡められて、淫らに水音をたてられて、追い立てられる。しろい指先が頬にかかって、そっと撫ぜられる感覚にぞくりと背筋が反応した。そうすると下腹に溜まる熱が余計に膨れてゆく。もう片方の手は既にツィリルの逞しい太腿を這いずり回り、けれども決定的な箇所には決して触れない。
ああ、やっぱり今日は機嫌が悪い。こういう時のアッシュはひどく面倒くさくて、ツィリルを散々焦らせるか、奇妙なやり方をしてくるか、どちらかなのだ。
未だに口づけは続けられているというのに、弓手兵の器用な手は先ほどからツィリルの際どい箇所をなんども往復し、しっとりとした体温を伝えてくる。その都度どくり、どくりと熱が少しずつ反応してきてむずむずとしてくる。ようやく唇が離れたかと思うと、光のない若草色の目がじっとツィリルを覗き込んでいた。先ほどまでの蕩けていた熱っぽい瞳とは別人のような色に、ツィリルの熱も一瞬引っ込みそうになる。一体全体なんだというのか。
「昼間。何、話してたの」
抑揚のない、主語もないその言葉に、ツィリルはようやく合点がいった。つまり、昼間にクロードと茶会をしていたことをアッシュは聞きつけたか見たか、とにかく間接的に知っていて、それで拗ねているのだろう。これでは山猫どころか子猫だ。
それがおかしくて、ツィリルは思わず吹き出してしまう。するとみるみるうちに柳眉が上がり、口をへの字に曲げたアッシュはツィリルの下肢に手をかけ勃起しかけている性器だけを露わにすると片手でゆるく刺激しだした。
「ちょっと、アッシュ!」
膂力では負けるはずがないのだが、のしかかられている上に急所を握られている。下手に動くとこの山猫の口淫で食いちぎられかねない。事実アッシュは不機嫌そうにツィリルの性器を指先だけで緩慢に刺激しているだけだ。それもツィリルの弱点である裏筋を巧妙に避けるように、そのくせ焦らすように掠める程度には触れてくる。こうした行為そのものが久しぶりだったせいもあって、ツィリルも反抗しようにも快楽が先立ってしまうのは、せめて若さの所為にしたかった。
「な、何も、別に、特別なことは話してない、ただ……」
「ただ?」
きゅ、と根元を握られてしまい、そのくせに竿を刺激するのは決して止めないのだ。どこをどうすればツィリルが快楽を得るのか、既にわかり切っているアッシュに主導権を一度握られると、ツィリルに今のところ敵う術はない。そうでなくとも快楽と熱でぐらぐらと茹るような頭で知恵は回らない。
「ア、アッシュのことを聞かれたから。別に心配は、いらない、って」
信じたのか、信じてないのか。その顔色からは伺えなかった。ただ根元を握っていた指の締め付けが弱くなり、かわりに精嚢と鈴口を同時に刺激され、ツィリルは急な刺激に思わず声を上げてしまった。その、ツィリルの反応に気をよくしたのか、薄い唇の隙間から紅い舌がちろりと見え隠れして、ツィリルは背筋に快楽とは違う感覚が走る。だがそれは一瞬だった。衣服越しとはいえ触れている体温は慣れ親しんだもので、そしてアッシュの匂いはどこか甘くやさしい。当の本人の機嫌とそれとは関係なく、ツィリルの欲を一方的に刺激してくる。決して華奢ではないがどこか細さも目立つ指がもう既に腫れあがるほどに勃起した赤黒いツィリルの性器を少しずつ、少しずつ性急に上下に擦りだした。その刺激と体温に、またうわごとのような声にならない声があがる。
「ア、アッシュ、アッシュ……!!」
「出そう?でも、少し我慢してね」
やはり抑揚なく告げるアッシュは、再びツィリルの根元を握り、その上で性急に竿を刺激する。ここまでくると最早苦しくて、早く出してしまいたい、解放されたいという気持ちだけが逸ってくる。けれどもそれを口にするのは癪だから、ツィリルはツィリルで決して言葉にしない。そうするうち、アッシュはあろうことか指先で裏筋をひっかくように刺激してきた。昂る一方で決して解放されない熱にツィリルが悲鳴を上げそうになるのを、この山猫は待っているのだ。声にならない声でいつまで耐えられるのかを、試しているのだ。
しかしそれでも音を上げないツィリルに業を煮やしたのか、アッシュはいよいよ勃起したツィリルの亀頭をぱくりと頬張り、軽く歯を立ててくる。その刺激が、良くなかった。そして、少しばかり遅れて根元を離されると、それまで我慢していたものが一斉にアッシュの口の中に迸ってゆく。射精後の脱力感と敗北感にツィリルは大きく息を吐いてからアッシュを睨みつけるが、薄い唇は娼婦のそれのように紅に染まり、そこから自分の白濁がトロトロと零れ落ちる様はあまりにも淫らで、刺激的すぎた。ツィリルがパチパチと目を瞬かせていると、アッシュは心得たと言わんばかりににこりと笑って唇から零れる精液を指先を使って丁寧に、見せつけるように舐め取ってゆく。
「久しぶりだから、ツィリルの、すごく濃い……ツィリルの味がする」
まったくそのしろい肌を見せていないというのに、この上なく淫靡に笑うアッシュに、ツィリルはごくりと唾を飲み込んだ。今日は、恐らく眠らせてはもらえないだろう。そしてその通り、山猫は嫉妬深いのだと、若い竜騎兵は散々に知らされる羽目になるのだった。