噂の二人

「ねぇ、あれ。あの花壇にいるのってアッシュじゃない?」
「え、あの、ゴーティエのろくでなしを改心させたどころか射落としちゃったっていう?」
「でも、彼……ロナート様の実子じゃあないんでしょう。だからあんなことを……」
「今だってあのダスカー人と一緒にいるし、信じられない」
「しっ、シルヴァンが来るわよ」

 こそこそとアッシュを遠巻きに眺めながら口さがない青獅子の女生徒をじろりと睨みつけると、彼女らは蜘蛛の子を散らすように立ち去る。自分が悪しざまに言われることには慣れているが、なぜアッシュがあのように言われなければならないのか。こんなところにも祖国の貴族主義が蔓延していることにため息を落とし、面白くない考えを散らす為にシルヴァンは後頭部をガシガシと掻いて改めてアッシュに向き直る。
 アッシュは先ほどの女生徒たちの陰口など耳に入っていないと言わんばかりの笑顔でドゥドゥーと共に花壇の花について何か語らいあっている――正直、その光景も妬ましく感じてしまうほど、シルヴァンはアッシュに執着してしまっていた。切っ掛けは何だったかもよくは覚えていないのだが、あの忌々しくもそれだけでは片付かない兄を喪った時にかけられた言葉とアッシュの表情がだったかもしれない。かもしれない、というのは、最近そのことを強く自覚するからだ。
 いっそこの息苦しい祖国の匂いが強い青獅子の学級を抜け出して別の学級に彼と共に移ったっていい、それ位には強い想いをシルヴァンはアッシュに対して抱いていた。

「あれ。シルヴァンじゃないですか。君が花を愛でるなんて珍しいですね」

 シルヴァンにようやく気付いたアッシュが声をかけてくるのだが、実際花にそこまで興味のないシルヴァンは返答に困ってしまう。女性を口説く時はすらすらと言葉が出てくるのに、いざとなるとこんなものなのだ。
 本当に、ままならない。

「シルヴァンか。アッシュに懸想して心を入れ替えたというのは、事実か」

 端的に状況を言葉にするドゥドゥーにハッキリと告げられ、心臓がドキリと跳ねる。思わず唇をかみしめて、飛び出しそうな言い訳の言葉を飲み込んだ。

「い、いや、なに……そんな風に噂になってるのか?俺たち」
「……まったく!君の悪い噂の所為ですよ、いい迷惑です」

 そうは言うが、アッシュの顔はどこか誇らしげで、シルヴァンは胸を撫でおろす。少なくともアッシュは現状を不快に感じているわけではないらしい。
 それだけで、どこか喜んでしまっている自分がいた。

「ははは……悪いな、アッシュ。けどまぁ、……俺、本気だからな」
「そうか」
「はい?」
 シルヴァンの言葉に、ドゥドゥーは頷き、アッシュは目を見開く。

「何、何を急に……大体君、女の子が好きなんじゃなかったんですか?」
「だから、心を入れ替えたんだよ。お前のお陰でな」
「アッシュ。シルヴァンの目は、嘘を語る人間の目ではない」
「えぇぇええええ、ドゥドゥーまで?!そんなの、急に言われても……」

 目を白黒させながら、アッシュはドゥドゥーの巨体の後ろにさっと身を隠した。

「えっなに、それ傷つくんだけど」
「だ、だって、シルヴァンが男でも女でも手当たり次第の人なんじゃないかと思って……」
「あのなぁ……俺、そんなに信用ない?」
「少なくとも、ないんじゃないか。自分のこれまでの行動を考えてみろ」

 ドゥドゥーの正論に、シルヴァンはぐっと言葉に詰まる。
 とはいえ、自分に信用がないのは、これまでの行動の所為なのだから致し方ない。すべてをぐっと飲みこんで、シルヴァンはアッシュの肩を抱き寄せる。アッシュは目を白黒させて戸惑うように見上げてきた――なんというか、そんな仕草すらいとおしく感じてしまうのだから、これはもう末期だな、と内心で自嘲した。

「まあでも、本気なのは事実だからな。何が何でもお前の事、ゴーティエに連れ帰る」
「えぇええ……」

 もぞもぞとシルヴァンの腕の中で文句を言うアッシュも、その腕を完全に振り払おうとはしない。これは、ひょっとすれば脈があるのか、と期待すらしてしまう。

「何せもう俺たちあれだけ"ウワサ"になってるからな」
「……ハァ……君の気がさっさと変わることを、女神さまに祈ります……」

 言葉ではつれないが、態度は満更でもないアッシュに満足し、シルヴァンは特上の笑みを浮かべるのだった。それを見たドゥドゥ―がたしなめるような表情をするが、そんなことすら気にならないくらいにシルヴァンは先程までのもやもやはどこへやら、上機嫌だった。
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