出来ないなんて言わせない/sample

 スティアにはちょっとした悩みがあった。ちょっとした、ではないかもしれない。悩みとは、幼馴染のアスターのことだ。
 先日、フェンとローラナが結婚した。街の復興に尽力した二人の結婚は、それこそ街の祝祭そのものだった。人々はおおいに喜び、自分の事のように涙し、二人を祝福した。その際はかの大聖堂の街フレイムグレースからオフィーリアが訪ねてきてわざわざ祝詞を施してくれた。彼女もまた、二人を祝福したいのだと微笑んでくれたのだった。
結婚すれば、どうなるか。流石に大工仕事一筋のスティアだって知っている。結ばれた男女が、結婚式の夜に何をするのか。そうしたことは、幼い頃から少しは聞いていたし、成人した時にローラナから直接教授されてもいる。
 スティアの想い人は、それと意識したことはないが改めて考えると幼馴染アスターくらいしか思い浮かばない。彼がいない日常は考えられないし、彼がいないこと自体が想像できないのだ――もちろん、彼が自分の旅に出た時は彼は不在だったけれど、いつか戻ってくるという約束が在ったし、実際彼はウィッシュベールに戻ってきてくれた。
その幼馴染には、男女として付き合うには致命的な問題があったのだ。
 ある日、ローラナと二人きりで秘密の話をしましょう、と彼女に誘われてお茶会を催した。

「そういえばスティアは、アスターとはどうなの?キスくらいは、したんでしょう?」
「ふぇっ、えっ、ええええええ?」

 寝耳に水、とういか、そもそもそんなことを考えたこともなかった、というのは少し嘘になるが、あまり考えないようにしていたのかもしれない。
 大工仕事に忙しかったのもある。だが、何よりもアスターに大いに原因があった。
 そもそもそういう空気になっても、彼は手を握るくらいでそれ以上のことをしてこない。キスは、一度だけした――彼が指輪にまつわる全てを終えて、自分一人だけの旅に出る前の夜、二人きりで星空を眺めていた時に、スティアから顔を寄せて、ちょっとだけ。
 あれは換算していいのかなあ、と少し悩んでから、くちびるじゃあないからなしかな、とスティアは嘆息する。

「あら、その様子だともしかしてまだだったりする?こういう話、苦手かしら」
「え、えーとその……あははは……あたしと彼とは、まだ、そういう関係になってないっていうか、あんまり考えたことなかったっていうか……」

 とりあえずやたらと喉が渇いてきたので用意されていたハーブティーを飲む。
 これも、アスターが煎じてくれたものだ。彼は薬師として生きると決めてから研究熱心で、メイシィが残してくれた医学書や薬学書、街に残ってくれたエスペルと一緒に調合を試したり研究したりと、旅から戻っても結構忙しく過ごしている。旅先で見つけてきた新しい薬草や植物を都度書きとめていたらしくて、それに目を付けたエスペルが大いに張り切っているという話は一週間前に聞いていた。

「彼、今は薬学に夢中だから、あんまり邪魔したくないっていうのもあるし……」

 それは半分言い訳だった。
 本当は、キスくらいはしたいし、その先のことだって考えないわけではない。ただ、アスターは目の前で母親を穢されて、その記憶から色々と障害を抱えているという話を彼から直接聞いている以上、踏み込めないのも事実だった。

「ふぅん、それならあたしがとっちゃおうかな」
「えっ、は、ハイドネさん?い、いつからいたんですか?」
「えっとねえ、ローラナちゃんに誘われたから、ほんとは最初から一緒だったはずなんだけど、ちょっとフェンのやつに付き合ってて遅くなっちゃっただ〜け」
「そうだったんですか……て、アスターはだめです!だめ、だめ、だめです!」
「あっははははかっわいい〜〜、冗談よ冗談。でも、そんなのんびりしてると、本当にとって食っちゃうよ?」

 そういいながら彼女は自分で持参した珈琲をちびちび飲んでいる。酒は昼間は控えろとフェンに口を酸っぱくして言われているのは何度か目撃していたが、律儀に守っているところを見ると彼女なりにこのウィッシュベールを大事に思ってくれているのだろうか。それならばうれしい。もともと居場所がないと言っていた彼女が、ウィッシュベールを大切に思ってくれているのも、故郷のように思ってくれているのも、こうして一緒にお茶をしたりするようになったことも、スティアは嬉しかった。

「まあ、あいつの事情はなんとなくわかるケドね。あ、これは別に話聞いたとか、そういうんじゃないよ。あいつには男特有の匂いがないから」

 ハイドネは珈琲を少しだけ口に含み、味わってからとんでもないことを言い出した。スティアは頭の中は疑問符だらけなのだが、ローラナは何やら察したらしくコホン、と小さく咳をする。

「に、におい……?」
「と、ともかく!そういうのは別に急ぐものでもないしね……二人のことは、皆もわかっているから」
「そ、そうなんです?」
「えっむしろわからないとか思ってたワケ?いやいやいやいやいや、冗談キツいって。あいつはアンタの事しか見てないし、アンタだってそうじゃないの?」

 ハイドネの言葉に、スティアは首をひねる。そういう言いかたは、少し違う気がするのだ。

「うん〜〜……そういうんじゃあないんですよね。なんていうか、最初からもう家族みたいな……年も一緒だし、兄弟っていうか、やっぱり家族なのかなあ」
「ああ、なるほどね。逆にいるのが当たり前すぎて異性として意識しづらいってやつね」
「そういう……わけでも、ないんですけど……その、キス、とか……手をつないだりとか、そういうの、別に、したくないわけじゃなくて」

 言葉にしてもよくわからないので、思わずもじもじと手をこすり合わせてしまう。

「んもう!なんなのさアンタたち!もどかしいったらありゃしない!もうとっとと結婚しちまいなよ!」

 はっきりしないスティアの物言いに、ついにハイドネは限界だったのか、己を落ち着けるために珈琲をぐいと飲み干した。そしてローラナが準備していた焼き菓子に手を伸ばす。

「そんでもうヤることやって子供でも作っちゃいな!そうすりゃ皆納得もするし」
「ここここ、子供?!や、その、あたし、そこまでは」
「いやだって、好きな男の子供、欲しくないの?」

 ハイドネの問いに、改めてスティアは考えてみた。子供、子供、こども……アスターとあたしの子供?いたらそりゃあ可愛いかもしれないけど、考えたこともなかった。けれど確かに、考えてみると少しだけ胸の奥が熱くなって、幸せな気持ちになる。でも、それには一つだけ問題があった。

「でも、アスター、……ユーシアさんのことがあってから、そういうの、避けているんですよね。手を握るくらいはしたけど、本当にそれくらいだし」
「それならさ、いっそアンタが誘っちゃいなよ。何なら食っちゃったっていいと思うよ」
「ハイドネさん!流石にスティアにそれは……!」
「……そうですね……無理はさせられないけれど、あたしからアプローチするのも、別におかしくはないんですよね」

 ローラナが制する前にスティアがその気になったのがうれしいのか、ハイドネはとたんに喜色満面になり、菓子をつまんでいる。

「そうそう、別に女から手を出したらダメ、なんて決まってないし。アイツが消極的なら、いっそあんたがリードしちゃえばいいの。手管ならアタシがいくらでも教えるからサ」
「いいのかしらこれで……」

 ローラナは思案しながらも、そっと聖火神エルフリックに祈った。どうかスティアがハイドネの入れ知恵で頓珍漢な方向に無茶をしませんように、と。